- 2008年7月16日 11:41
先週久し振りに小、中学校の時の同級生達と集まって食事をしました。私は長崎出身ですので同級生のほとんどは九州にいますが、東京にも数名仕事で来ていて1年に何度か皆で集まって食事をしています。お互い小さい頃から知っている幼馴染みたいなものですから、会うと昔に戻ったような懐かしい気持ちになります。
今回はそんな同級生達とのエピソードをご紹介します。
私が育った生月島は直径14kmほどの小さい島で学校は小学校が2つ、中学校は1つで高校はありません。ですから中学を卒業したら皆島を離れそれぞれの進路に進みます。私の学年の時も進学する者、就職する者、様々でしたが、自分は相撲界に入るのが決まっていたので皆よりも一足先に島を離れなければいけませんでした。
上京する2月8日、卒業式に出席できない私のために担任の先生とクラスメートが特別に私だけの卒業式を開いてくれました。最後に一人一人と握手をして言葉を交わし、皆から貰った花束と寄せ書きの色紙だけを手に持ち、学校を後にしました。学校から家までは歩いて4、50分ほどの距離でしたが、いつもはあれほど帰るのが億劫だった家路をこの日は景色の一つ一つを目に焼き付けながらゆっくりと歩いて帰ったのを覚えています。当時私はほとんど島から出たことがなかったので、東京という見知らぬ土地に行き、相撲界というまったく想像のつかない世界に進むということは態度には出さないものの内心はやっぱり不安でした。それだけに15年間育ったこの島や仲間との別れはまだ中学生だった私には辛いものがありました。
身支度を終え車で出発して、島の入り口である生月大橋に差し掛かった時、そこにはたくさんの同年の姿がありました。担任の先生、クラスメート、先程別れを言えなかった他のクラスの人も皆見送りに来てくれていました。さすがに目頭が熱くなりましたが、悟られないようにわざと気丈に振舞いました。
その時、「皆にこれだけ盛大に見送ってもらったのだから不安だとか言ってられない。絶対に強くなってまたこの島に帰ってきてやる!」と決意を新たにしました。再度皆に別れを言って車を走らせ、車中から振り返り見た島の景色は、太陽の光が海面に反射して眩しいくらいキラキラと輝いていて、なにかこの生月島までも私を後押ししてくれているような、そんな気にさえなりました。思えば新弟子の頃の辛い日々の時に、この時の思いが何度も自分を助けてくれたと思います。
17年も前のことですので、同年のみんなはもう忘れているかもしれませんが私にとっては一生忘れることはない大切な思い出です。
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