- 2008年11月11日 14:20
- スポーツ
今年の日本シリーズは第7戦までもつれましたが、結局埼玉西武ライオンズが読売ジャイアンツを降し13回目の日本一の座につきました。私自身第2戦を東京ドームで観戦しましたし、他の試合の生中継も運良くテレビで見ることができたのです。往年の日本シリーズを数多く見てきた立場からすると選手たちはやや小粒な感じに映りましたが、全体に見所が多く面白い日本シリーズだったと思います。それが証拠にテレビの視聴率も第7戦では28.2%を記録しました。
今回は特に西武渡辺久信監督の一挙手一投足をじっくりと観察しながら、その采配に注目して全試合を見ていきました。印象としては、新人監督とは思えないほどどっしりとした落着きを感じさせるもので、仮に失敗があったとしても表情の中に一切感情の動きや動揺の影すら見せず、もともとイケメン投手と言われていた人だけに、表情の中にとてもきりりとした凛々しさを湛えていて信頼できる監督だという印象を持ちました。
特に、投手出身の人だからとも言えますが一人一人の投手に対する扱いは見事なものがありました。その時その時の投手の心理状況が全部理解できているだけにどの投手も次の試合へのモチベーションを落とすことがないように愛情ある配慮が為されていました。ですから、例えリードされていても、試合で負けても、じめじめせずカラッとしていてベンチの中の結束力が強いのだなということをつくづく感じさせられたものです。
最終戦の投手起用も日本シリーズで勝利を経験していないベテラン西口の闘志に火をつけて先発に起用。2点を取られたものの、後を受け継いだ石井一久そして涌井が監督の思いに応える熱投で試合の流れを引き寄せ、逆転勝利に繋げました。監督としてのこのような素晴らしい才覚はどの様にして育まれてきたのか、私としては是非本人に会って直接お話を聞いてみたいなと思っていたところ、昨日の日刊スポーツに渡辺監督が手記を寄せているのを発見。読んでみてその理由が分かりました。
その手記によりますと、選手として西武を自由契約になった後、誘ってくれた数球団の中から最も条件の良くなかったヤクルトを選んだそうです。それは当時監督だった人間野村克也に魅かれたからとのこと。彼から野球についての考え方を学び、後に台湾に移ってからの3年間で思い通りにできない選手の気持ちがわかるようになって、教える引き出しが増えたとのことです。この辺りが監督としての立派な基礎になっているようですね。
さらに、他人と同じことだけはやりたくないと感じ、他人が1、2歩踏み出すのなら自分は5、6歩踏み出して新しい監督像を創ろうと努めてきたということです。チーム内で問題が起きたら全部自分が責任を持つ。その代わり変な妥協だけは絶対にしない。例え首を切られることがあっても自分が目指したことはきちんとやり抜くことをモットーにしてきたそうです。
そういう考えで渡辺監督が自らの仕事に打ち込んでいるからでしょう、その眼は鋭いけれど優しさも感じさせるとても素敵な眼だと思います。台湾での経験も有り、本人は辞退しましたが本当はWBCの監督もできる人だと私は考えています。
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