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「やはり教育なのでしょうか」

中川昭一財務・金融担当相は17日午前中にはまだ職務遂行を目指すと語っていましたが、周囲の風当たりの強さを感じ取って、お昼には2009年度予算案及び予算関連法案が通過したら辞任すると姿勢を変えました。それでも中川批判の声は身内からも噴出し、批判の嵐となっていることに漸く本人も気がついて午後6時20分麻生首相に辞表を提出し受理されたということです。前にも触れたように世界が最も注目している場でのあの醜態は決して許されるものではなく即辞任するのが妥当な対処の仕方だと思うのですが、帰国後いろいろ言い訳をしてその職に留まろうとしていたところを見ると自分の行動が周りからどう見られているかについて客観的な判断ができていなかったと指摘されても仕方がありません。そして中川氏に引き続きその職に留まって精励して欲しいと言った麻生総理も中川氏と同等の認識だったということになります。

このような状況では国民の期待に応える政治をと願ってもとてもそうはならないだろうなと思えてなりません。政治家のレベルは本当に来るところまで来てしまった、落ちるところまで落ちてしまったと表現されても言い返し様がありません。でも冷静に社会状況を観察してみると政治家だけではなく、社会のありとあらゆる層にそうした現象は見受けられるようになりました。かつてはとても考えられなかったようなさまざまな出来事が今の時代は起きるようになったのです。

一流と考えられていた企業や料亭などが不祥事を起こしたときに事態を収拾するための会見を開きますが、全面的な謝罪を怠って言い訳を織り交ぜて問題を矮小化させようと図ったために、後に結局新たな謝罪に奔走せざるを得なくなっていくという展開をこのところ私たちは何回目の当たりにしたことでしょう。責任者が頭を深々と下げて謝罪会見をするという光景が今では決して珍しくありません。こうも常態化してしまうとそれぞれの真摯な反省の思いは伝わらず、表面的な取り繕いに終始しているのだろうなと見る側が考えてしまうようになってしまうことが恐ろしいです。

本来きちんとした教育を受けた人間は物事の道理に従って行動を起こすはずですから、その行いは人々をなるほどと納得させるものであるべきですよね。それが説得力を持たないようになってきたということは人間らしく振舞う力、そうした意味での人間力が低下しているのではと疑問に思います。これは恐らく主にこの数十年の教育がもたらした弱さなのではないでしょうか。早急な是正の必要を感じますがそれにはさら長い時間がかかるのだと推測すると辛くなってしまいますね。

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