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「恩師 辻村明先生」

私にとって人生の師と呼べる方は勿論何人もいますが、中でも大学時代の3、4年生の時に指導して下さった辻村明先生との出会いは私自身の人生の方向を決めたとても大きなものでした。

大学3年になり社会学科に進学したときに、居並ぶ教授助教授の中から自分の指導教官を選ばなくてはなりませんでした。従って、それぞれの教授助教授の専門分野を吟味して自分が本当に勉強したいことを決め、そのためにはどの先生に付けば良いのかを思案したのです。当時の東京大学文学部社会学科の雰囲気は古典的ドイツ社会学、日本独特の農村社会学、更にフィールドワ―クを駆使したアメリカ的社会学など色々な流れがありました。

その中で辻村明先生は新進気鋭の助教授で、得意のロシア語を駆使して共産主義国家ソ連の社会に内包する矛盾を「プラウダ」などの新聞の内容分析から明らかにするといった独特の分野を創りあげて活躍し始めていた先生でした。しかもテーマは狭い範囲に限定せず社会が注目するような問題には積極的にアプローチするという若々しい今までの学者像とは異なるエネルギーを感じさせる方でした。

私は辻村流の自由な発想で対象に迫る社会学に惹かれ門下生となりました。折しも先生の関心は沖縄問題にフォーカスされているときで私の注目とも合致しましたので、自分自身卒業論文のテーマを「戦後沖縄における対米感の推移」と決めて毎日「沖縄タイムズ」「琉球新報」の東京支社に3か月余り通い続けて、終戦直後からの両紙の22年間の社説の内容分析を行いました。論文提出後、辻村先生からはよく頑張ったねと労いの言葉を頂きましたが、それだけでなく当時社会学科の最高責任者であり怖い感じがするほど風格のあった尾高邦雄教授からも「良く書けているね」とお褒めの言葉を頂いたことも懐かしい思い出として残っています。

さてそれから長い年月が経過し辻村先生は東大教授、静岡県立大学副学長、東北女子大学学長、流通経済大学教授等を歴任され紫綬褒章、勲三等旭日中綬章も受賞されています。

大学をお辞めになった後も社会学者として日本各地を取材して歩き「地方都市の風格、歴史社会学の試み」などの大作を出しておられます。82歳になられた今日も現役の社会学者ですが、2歳下の奥様と共に介護のデイ・サービスを受けるため自宅近くのスマイル介護サービスに2年前から通い始めたということです。そしてその体験談を一冊の本に纏められました。「大いに笑い、大いに歌う ~東大名誉教授、デイ・サービスに通う~」というタイトルで日本経済新聞社から出版されています。内容はデイ・サービスの現場の在り様が描かれています。辻村先生夫妻が実はそこでは最年少で、皆で小学唱歌、軍靴、寮歌などを歌ったり、ゲームを楽しんだり、百人一首に興じたりと楽しく時間を過ごすということですが、その中にも和歌や唱歌寮歌軍歌などには圧倒的に詳しい辻村先生が事の歴史由来を分かり易く解説するので参加した人たちはそれを楽しみに通ってくるということです。いずれにしても、残された人生を出来る限り楽しく交流しながら前を向いて生きようとしている皆さんの様子が生き生きと伝わってきて、その時が来たら自分もこんな風に元気でありたいという思いになりました。そして辻村先生が奥様とともに歩んでこられた日々が相思相愛の本当の愛情で結ばれていたことを知り胸が熱くなりました。

我が師は間違いなく素晴らしい師でした。これからも末長くお元気でいて下さいます様お祈り申し上げます。

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