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「清峰高校の優勝に思う」

第81回選抜高校野球大会は長崎清峰高校が岩手花巻東高校を1-0で破り初優勝しました。

長崎県代表校の甲子園での優勝は春夏を通じて初めてのことですから、清峰高校は勿論長崎県民の皆さんも歓喜の声を上げていることでしょう。実は偶々長崎市市制施行120周年記念式典で講演を依頼され昨日長崎市に行ってきたばかりなのですが、既に清峰高校が準決勝を勝ち決勝進出を決めたということで長崎は選抜大会の話題で既に大変な盛り上がりを見せていました。今夜は県内あちこちで祝杯を挙げる人たちでヒートアップすることでしょう。

長崎県もご多分に漏れず経済状況はかなり落ち込み活気を失いつつあったので、県民に少しでも元気を取り戻してもらうためには良い刺激となる優勝だと思います。清峰高校といっても長崎においてさえ詳しく知っている人は意外に多くないのではないでしょうか。1952年創立の県立高校で、もともとは北松南(ほくしょうみなみ)<長崎県北松浦郡在>という名の高校でしたが、その後現在の清峰と名称を変え3年前にも選抜大会で決勝に進みました。その時は21-0のスコアで横浜に大敗を喫し決勝戦の最多失点を記録して涙を呑みました。従って、その時に受けた大きな心の傷も見事に癒す今回の優勝です。

今回の決勝戦をテレビで見ながら、私は自分がラジオで実況中継を担当した昭和50年の選抜大会決勝戦、神奈川東海大相模対高知高校の試合をふと思い出していました。当時の東海大相模には現在の巨人軍監督原辰徳さんが4番サードで、一方高知には後にヤクルトで活躍する杉村繁選手が中心打者として、それぞれメンバーに名を連ねていました。また、東海大相模は村中秀人投手、高知は山岡利則投手がエースとして君臨する強力チーム同士の対決でお互い一歩も引かず試合は延長戦に突入しましたが、最後は東海大相模の投手陣が踏ん張り切れず高知高校が東海大相模を振り切って優勝した試合でした。

このときの東海大相模には原辰徳選手、後に日本ハムに入った津末英明選手を中心とした強力打線、そして安定感のある頭脳派村中秀人投手を擁していたので甲子園での目標は優勝以外にはないと甲子園で既に優勝経験のあった原貢監督が公言して憚りませんでした。ところがその思いは実らず、試合終了後の総括の中で私は解説担当の松永玲一さん(田淵幸一選手、山本浩二選手などを育てた元法政大学監督で住友金属工業の監督などを歴任した日本アマチュア野球界の最高レベルの指導者)と高校野球において監督が優勝宣言をすることの是非について話をしました。その時松永さんは「高校野球においては謙虚であることが最も肝要である」と述べ、原貢監督の方法論については疑問があると指摘されました。古いタイプの人間である私も松永さんの見解に同調したことを思い出していました。

今回の優勝チーム清峰高校の今村投手は早い段階から優勝を意識した発言をしていたので、当時のことを思い出しながら私自身そのことに思いが傾くのはどうかと心配していたのですがそれも杞憂に終わったようですね。おそらく今の球児たちは目標を口に出すことによって自分の意識にその思いを刻みつけ、そして集中力を高めて試合に向かっていくことができるようです。いや寧ろ公言することによって、自分の意識や体が縛られたりせずに意外に伸びやかにプレーができるものなのかなと思えてきました。勿論そうなるためには誰にも負けない練習量をこなしてきたという心の裏付けがあるからに違いないと思いますが。

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