Home > 日々の思い > 「三枝氏、堀氏の共著を読んで」

「三枝氏、堀氏の共著を読んで」

先日PHP研究所から出版された「特攻とは何だったのか」(三枝成彰、堀紘一共著)には色々と教えられ、考えさせられました。そもそもは㈱ドリームインキュベータ会長として幅広く活躍をされている堀紘一氏と堀氏と昔から親しい作曲家の三枝成彰氏の二人が力を合わせて「特攻隊」をテーマにオペラを創ろうと考え、堀氏が台本を担当するということでそれぞれ「特攻隊」についての調査、研究、取材を積み重ねたことが本書の生まれる起点となりました。そしてそこから二人が掴みとった「特攻隊」の実像を二人の対論の形で纏めた物が一冊の本として出版されたのが、この「特攻とは何だったのか」に当たります。

先ず私が驚いたのは、特攻隊員として戦死した人の総数が何と1万4009人にものぼるということでした。特攻というものは物量乏しくなって窮余の一策として考えられたものだと思っていたので、その時点で使える飛行機の数も限られているでしょうから、まさかこれほど多くの人たちが死を義務付けられて敵艦船を目指して突っ込んでいったとは思っていなかったのです。

堀氏の分析では「特攻」の経過をたどってみると、特攻作戦が正式に採用される前にも敵に対して攻撃を行っているとき、やむを得ず自分が敵機に対して体当たりを敢行して撃墜し敵機もろとも戦死したケースが見られ、これを仮に「フェーズ1」とすると、有無を言わさず正式の作戦として行われるようになった特攻が「フェーズ2」と考えられるというのです。この段階では小さいながらも敵に与えた損害だけを見ればまだ戦果ゼロとまでは言えない状況だったようで、その後ほとんど戦果が期待できないまま特攻隊員にただ死を強いるようになった特攻「フェーズ3」の段階に入って行きます。そしてさらに事態は悪化し、目的も意味も無くそこに飛行機があり搭乗員がいるからという理由だけでルーティン作業と化してしまった「フェーズ4」まで、もうこんなことは止めさせようという動きも無いままに時間が経過し徒に犠牲者を増やすことになっていきました。

両氏とも感情論に流されることなく論理的に日本の当時の軍隊のあり方や人間の動きを分析して何処がいけなかったのか、どの部分がどう機能すればよかったのかなどといったことを鋭く指摘しています。こうした指摘を耳にしますと、あれだけの大きな犠牲を払いダメージを受けながら、第二次大戦についての国民的な総括が未だにはっきりとなされていないのではと思うこともあります。

明治政府がつくられたときには理想に燃えたリーダーたちのエネルギーが迸りました。ところが日露戦争に勝利してからは、アジアの一流国になったと驕った気分になったからでしょうか、日本の戦略にどうも陰りが見えてきたようでなりません。超大国を相手に戦争に突入するならば、戦後の展望も見据えつつ講和条約の締結やさまざまな対応のシミュレーションをしておくべきなのですが、当時の日本の指導者層はどうもはっきりとした展望も持たないまま国民をあのような結末へとずるずると引き摺っていったような気がします。

そして戦後64年が過ぎましたが、ある意味当時のように指導者層が国家の進むべき方向性を明確に描き出せないような政治の混迷ぶりがあり、そして日本人の最大の武器だった読み書き算盤などの知力が相対的に減退しているという残念な状況を見るにつけ、これからこの国は何処へ向かおうとしているのだろうか、という思いが致します。

この本を読みながら、今からでも立て直しは間に合うのだろうかと考えたりしたものです。その意味で是非皆様にも手にとって読んで頂けたらと思いました。

Home > 日々の思い > 「三枝氏、堀氏の共著を読んで」

フィード
タグ
写真
  • 12221502.png
  • 12221501.png
  • 03031502.jpg
  • 03031501.jpg
  • 10061401.JPG
  • 10061402.JPG
  • 08041402.JPG
  • 08041401.JPG
  • 03031401.JPG
  • 01291402.JPG
リンク

このページの上へ