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「嗚呼、鹿児島」

もう先月になりますが、講演で鹿児島県の長島と種子島に行ってきました。

鹿児島は私の社会人生活のスタートとなった土地で、昭和42年にNHK鹿児島放送局のアナウンサーとして赴任し3年間勤務した思い出の地で、毎日桜島と錦江湾を目の当たりにしながら生活した今も忘れられない場所です。

3年間の滞在中に県内の色々な所へ取材に行きました。長島町はラジオ番組の制作で録音機を担いで43年前に訪れ、15分のドキュメント番組を作り、九州管内のコンテストで佳作に選ばれました。一方種子島はテレビのローカル番組で厚生省(当時)の「薬用植物研究所」の高城正勝所長に薬草研究の成果などについて語って頂くための取材でした。

そしてこの度、偶然にもその思い出深い長島町と種子島で講演を行って欲しいという依頼があり喜んでお受けした次第です。長島町へは当時船で渡るしか移動手段がなかったのですが、37年前に住民の悲願だった黒之瀬戸大橋が完成し本土との往来は車でできるようになり、町全体が活性化されて住民の皆さんがとてもいきいきと暮らしていらっしゃるように感じられました。船で往来しなければならないのと橋を渡って車で自由に行き来ができるのとでは精神的な意味でも大きな違いがあるはずです。現在長島町の皆さんが伸びやかに暮らしていらっしゃるのは当然のことですね。

翌日は種子島に向かいました。鹿児島空港から27人乗りのプロペラ機で正に一っ飛び。30分余りで種子島空港に到着後、講演会場に向かいました。島内の様子は昔に比べてコンビニがあちこちにできて、建物も増えて、といった変化は間違いありませんが、時間の流れはややゆったりしていて心地良さを感じさせます。

講演も順調に終わりJAXAのロケット打ち上げ基地を見に行きました。何とも素晴らしく眺望の良い海岸に基地がありました。関係者の話によりますと「世界一美しいロケット打ち上げ基地」だとのこと。確かにここからロケットが打ち上げられることを想像しただけで素晴らしい映像がイメージできました。今度は打ち上げの瞬間を絶対に見に来たいと思います。

考えてみると種子島はポルトガル人の漂着によって伝えられた鉄砲を自分たちの手で作り上げて戦国時代の日本を激変させました。そして今優れた技術でロケットを打ち上げ世界の注目を集める存在になりました。日本の行き先に影響を与え、重要な鍵を握る土地として種子島には注目する必要があると私は思うのです。

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