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スポーツ Archive

「愛馬ランブリングローズ号」

3月6日(土)、愛馬ランブリングローズ号が阪神競馬場の3歳未勝利戦で初勝利を上げました。昨年9月にデビューしてから8戦目での未勝利脱出で本当によくやったと思います。

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デビュー戦から3戦は芝コースで走らせてみたのですが6、6、8着と、内容は決して悪くないのですが追いこんで届かないという結果が続きました。そして4戦目からダートに移してみたところ2着が3回連続、そして前走は3着ということで、良いところもあるのですがもう一つ決め手に欠ける頼りないレースを繰り返してきました。

そこで気分を変えるため福永祐一騎手に騎乗を依頼し、先行して欲しいとお願いして乗ってもらったところ、苦しみながらも逃げた馬を交わして見事に優勝したのです。前半から前に前に行きたがるランブリングローズ号を上手になだめて、最後に全力を出し切るという形で勝利に結びつけた福永祐一騎手の騎乗ぶりは流石名ジョッキーだと感心させられました。その日私は仕事で現場には行くことはできませんでしたが色々な方からお祝いの電話を頂きました。嬉しいものですね。

ランブリングローズ号を生産したのは名門千代田牧場のオーナー飯田正剛さんです。飯田さんがわざわざ声をかけてくれて馬を見に行ったのが去年の2月で、駆け回っている数頭の馬の中でどうしても気になる馬がいました。それがランブリングローズ号だったのです。

飯田さんの御好意で共同所有することになり栗東藤岡健一厩舎に入厩しました。この馬の良さはいくつか挙げられますが、何より素晴らしいのは脚元に全く問題が無く元気一杯だというところにあります。藤岡調教師をはじめスタッフに恵まれ、愛情を持って調教されているので精神的にも良い状態を保っているようです。JRAの競走馬はまず1勝しないと先の目標が立てられません。従ってこれで、ゆっくりと体調を整えて立てた目標に一歩でも近づけるように頑張ってくれると良いですね。父アグネスデジタルと同様芝もダートもこなせますし、1800mでもまだ余力があり、長い距離のレースにも対応できそうに思えるので、生きる道はまだ色々ありそうな気がします。勿論親の欲目ではありますが今後の成長に期待したいものです。

「バンクーバー五輪が終わって」

バンクーバーオリンピックは無事に終了しました。やはり日本国内で一番盛り上がったのは日本時間の2月26日(金)の午後行われた女子フィギユアスケートのフリースケーティングでしたね。視聴率は平均で36.3%最大瞬間視聴率は46.2%だったといいますから、この時日本全国でテレビをつけていた家庭の7~8割の人々が浅田選手の演技に釘付けになっていたことになります。

結果は御承知の通り浅田真央選手は2度のトリプルアクセルを成功させたものの他のジャンプでのミスもあって2位に終わりました。残念ながら日本の女子フィギュア悲願の金メダル獲得はなりませんでしたが、内容的には205.50点という自己最高得点を記録し、堂々と胸を張れる銀メダルを獲得しました。宿命のライバルといわれた韓国のキム・ヨナ選手がミスのない完璧な演技を見せて228.56点をマークしたので、これはもうキム・ヨナ選手を賞賛するしかないですね。

この二人の素晴らしいライバル同士は、各々がそれぞれに素晴らしい特長や個性を持った甲乙つけがたい選手なのですが、今回は精神面でキム・ヨナ選手が浅田選手より少しだけ上だったように思えるのです。というのも、ショートプログラムではキム・ヨナ選手の目の前で浅田真央選手がほぼ完璧な演技を見せました。ライバルにはプレッシャーを与えてもおかしくないほどの好演技でしたが、キム・ヨナ選手は浅田真央選手の得点をちらっと目にしただけで何時も通り平然として演技に入り、ノーミスの演技でトップに立ったのでした。

この後のインタビューで「浅田さんの高得点は気になりませんでしたか」と問われてキム・ヨナ選手は「得点は確認しましたが、気持ちに動揺は全く有りませんでした。何故ならオリンピックでは神様に選ばれた人たちが金メダルを取れるのだと考えていたので、自分の演技をするだけだと思ったからです」と答えていたのです。恐らく自分の到達しているレベルの演技をきちんとやれば自ずと結果は付いてくるという確信がそう言わせたのだと思います。相手がどんな演技をしようとも自分がやるべきことは変わりなく決まっている、というのは極めて高いレベルに到達して認識できるものなのでしょうね。逆に浅田真央選手はショートプログラムでリードされ、フリーでも目の前で完璧な演技を見せられ、一点の乱れも見せられないと追い込まれてしまったところに僅かな狂いが出てしまったようです。

キム・ヨナ選手が身に付けた自己規律力、セルフコントロール力は本当に見事でした。敗れたとはいえ立派な銀メダリストの浅田真央選手がここからどう自己を昇華させていくのか注目したいですね。

「バンクーバー五輪 男子スピードスケート」

今度こそメダルをと期待されていた女子モーグルの上村愛子選手が残念ながら4位に終わり、バンクーバー五輪の日本選手団になかなか勢いがつかなかったのですが、現地時間15日のスピ―ドスケート男子500mで長島圭一郎選手が2位、加藤条治選手が3位に入り銀メダル、銅メダルを獲得しました。日本勢にとっては今大会初メダルで、しかもスピ―ドスケートでは1992年アルベールビル五輪の男子500mで黒岩敏幸選手、井上純一選手が銀、銅を獲得して以来の一種目2個のメダル奪取で一気に元気が出てきた感じがします。

この男子500mの結果について長野五輪の男子500mのゴールドメダリストで今回も出場を目指していたベテラン清水宏保選手が読売新聞紙上で大変興味深い分析をしていました。清水選手は観客席でこのレースを観戦していたわけですが、「一日にアウト、イン、スタートで2回500mを滑らなくてはならない現在の方式の中ではただ単に500mが早ければ良いというのではなく、2回のタイムをなるべく揃える必要がある。(タイムにばらつきが出るのが一番良くないということ)そのためには1000mを強化してスピードプラススタミナを強化する必要がある」と言うのです。清水選手自身500m のために1000mがあると考え、1000m の強化に取り組んだ結果500mがより強くなり1000m でも銅メダルを獲得するほど力をつけることができたと述べています。

今回の優勝者である韓国の牟選手は元々1000m、1500m が強い選手で何としても500mで勝たなくてはならないというプレッシャーが無く、1回目は34秒92で滑り全体の第2位でしたが、2回目も硬くなることもなく34秒90ときれいにタイムを揃えて走り金メダルに繋げています。長島選手は1回目ミスがあったものの2回目一か八かの勝負をかけて挽回し何とか銀メダルに手が届きました。しかし加藤選手は1回目3位につけて優勝への可能性も残していたのですが、2回目カーブワークに失敗して3位止まり。レース後国旗を肩にリンクを走っているときには息をゼイゼイ言わせながらの状態で、もはやスタミナは残っていなかったように見えたと清水選手は記しています。昔の一発勝負でスピ―ド自慢の競走だった500mから今の500mはより厳しさを要求されるレースに変わってきていることを教えてくれた清水選手の素晴らしい分析記事でした。

「松井選手、心から応援しています」

帰国中の松井秀喜選手、広岡勲広報と久し振りに食事をしながら語り合うことができました。

先ず松井ファンの皆さんにお知らせしたいのは、松井選手はトレ―二ングも十分積んで体が引き締まり、血色も良く表情に輝きがありました。今年に懸ける意気込みは私たちファンの想像以上のものがあるのではないかと思います。「ランニングはかなりやっているんですよね」と私が聞きますと、「だいぶ良い感じで走れるようになりました。まだ100%の全力疾走というところまでは行ってないのですが、この感じなら守備にもつけると思います」と嬉しい答えが返ってきました。すると彼の横から広岡さんが「その言葉は初めて聞いたね。良いね」とまた彼も嬉しそうに合いの手を入れてくれました。松井選手の話から推測すると、この状態のままシーズンに入ることができたら全ての試合で守備につくことができるかどうかは別にして、エンゼルス首脳陣の期待にはかなり応える活躍ができるのではないでしょうか。

ここ数年、左手首の骨折に始まり、右膝の手術、左膝の手術と苦労を強いられましたが、強靭な精神力でそれを乗り越えてワールドシリーズのMVPを獲得した松井選手の次なる思いはエンゼルスで世界一になることだといって良いでしょう。長いワールドシリーズの歴史上2年連続のMVPはいないそうです。(2回MVPに輝いた選手も3人しかいないそうですが)従ってもし今年もMVPになれたとしたら松井ファンにとってこんなに嬉しいことはありません。ここまで不可能と思えることを可能にしてきた彼のことですからやってくれそうな気がしてきます。

ところで、去年のワールドシリーズでの最も大きなター二ングポイントは、松井選手が第2戦でフィリーズのペドロ・マルティネス投手からライトに放ったホームランだったと言っても過言ではありません。マルティネスの低めに落ちるカーブを松井選手がぐっと踏ん張って、落ちてきた球を掬うようにスウィングするとボールはライトスタンドに運ばれていきました。打たれるはずはないと思っていた球を打たれたマルティネス投手のショックは大きく、結局第6戦でもまた松井選手に痛打を浴びることに繋がっていったのです。

「あの第2戦のホームランはカーブを予測していたのですか」と私は尋ねたのですが、「いえ、追い込まれていましたから予測はしていませんでした。ただその前の打席でカーブを打ってライト前にヒットを放っていましたので、カーブの曲がりの軌跡は目に焼き付いていました。その状況でストライクゾーンに来たから「よし」とバットが出てホームランになったのですが、後でビデオを見直してみると低めの完全なボール球でしたね」と苦笑しながら語ってくれました。このようなことを正直に語ってくれる松井選手が私は大好きです。

「世にも不思議な・・・」

40年以上競馬を見続けてきてこんなに大きな落馬事故は初めてのことでした。

去る11日、中山競馬場で行われた第4レースの新馬戦でその事故は起きました。(私は自宅でグリーンチャンネルの放送を観ていました)三浦皇成騎手のノボプロジェクト号が先頭で4コーナーを回ろうとしたとき、左の後肢が外側に流れお尻も外側にブルンと振れました。その瞬間一気に追い上げを図ろうとしてすぐ後ろに迫っていた勝浦騎手のフォルメン号とノボプロジェクト号のお尻が接触してフォルメン号が転倒。各馬が密集してスピードを上げてラストスパートに移ろうとしていたため、この落馬をきっかけに出走馬が次々にバランスを崩し、落馬した馬たちに接触してさらに落馬が相次ぎ、合わせて16頭中9頭が落馬するという前代未聞の事故になってしまいました。

その瞬間、騎手たちは、そしてこれがデビュー戦だった馬たちは大丈夫なのだろうか。大怪我をした騎手はいないのか、はたまた競走能力を喪失した馬はいないのか、そうしたことが気にかかってずっと情報を待ちましたが、すぐには詳しい情報は伝えられませんでした。良く考えてみるとこの間、舞台裏では9人の騎手たちの身体チェックが行われ、9頭の馬たちの馬体チェックが慎重かつ入念に行われており、後のレースに騎乗できなくなった騎手については別の騎手に騎乗依頼をしなくてはならず、その全てを情報としてまとめて放送するには大変な時間がかかるのは当然のことでした。

結果的にはお昼休みを挟む時間でもあったため、次の第5レースの開始が予定よりも15分遅れただけで、JRAの事後処理はとてもスムーズに行われた感じです。そして9人の騎手の中で、去年のリーデイングジョッキー内田博之騎手だけ左腕骨折の負傷となったのは残念でしたが、他の騎手たちは擦り傷や打撲などの怪我をしたものの大怪我には至らず、さらにデビュー戦で落馬という怖い体験をさせられた馬たちも全馬が競走能力を失うこともなかったのは本当に不幸中の幸いだったと思います。

でも改めて思うのはハイスピ―ドで競う競馬は一歩間違うと死亡事故や馬の命を奪うことに繋がるわけで、安全のために騎手や関係者が一層注意深く努力して欲しいということです。馬券を買って応援しているファンのためにも、愛情を注いで競走馬を仕上げてレースに臨ませている馬主や関係者のためにも、このような慄然とさせる落馬事故だけは二度と起こしてはならないと思います。

「有馬記念」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年12月29日 13:33
  • スポーツ

2009年の中央競馬を締めくくる「有馬記念」が27日中山競馬場で行われました。今年一年ずっと出資会員に夢を与えてきた愛馬「ブエナビスタ号」がどんなレースを見せてくれるのか、そこに大きなポイントが有ると誰もが思っていたことでしょう。

今まで安藤勝己騎手がデビュー以来8戦手綱を取ってきましたが、後方を追走して最後の直線で差すという内容のレースを続けてきて、このところ脚を余して惜敗(まだ余力が有るのに追い込みのタイミングが合わずほんの僅かの差で負ける)することが続いたため騎乗者を今年大活躍の横山典弘騎手に変えて臨んだ上での有馬記念ですから、横山騎手の騎乗ぶりに焦点が当てられたのは当然のことでした。

パドックで出走馬の状態をじっくり観察したところでは、ブエナビスタ号、ドリームジャーニー号の二頭が際立って良く見えました。何時もだと自分の愛馬の馬単を買うのですが、この日ばかりはブエナビスタ号が負けるとしたらその相手はドリームジャーニー号だけだと思え、2-9、9-2の馬単を買い3連単は2番9番の1、2着固定3着は少し手を広げ7点にマークしてレースを観戦しました。スタートもスムーズに出たブエナビスタ号は最後方ではなく前から5番手くらいを気持ちよさそうに進み4コーナー手前からは少し外に出して早目に先頭に躍り出てゴールを目指しましたが、後方でじっとチャンスをうかがい追い出しを我慢したドリームジャーニー号がブエアビスタ号に襲い掛かり、激しい競り合いの末同馬が有馬記念を制しました。

愛馬は残念ながら2着に終わりましたが新たなブエアビスタ号の一面を覗かせる横山典弘騎手の騎乗に流石ベテランと納得させられました。現時点では最高の乗り方だったと私は思います。何より3歳牝馬でここまでの頑張りぶりには正直頭が下がります。このレースを見る限りブエナビスタ号はどんなレースにも対応できる能力を持っていることが分かりましたし、馬自身もこういう形で行くこともあるのだということを覚えてくれたことでしょう。ブエナビスタ号にとって来年への可能性がまた大きく広がった今年の有馬記念競走だったと思います。幸いに馬券も当たり私自身良い締めくくりをつけることができました。

「恐るべき18歳のチャンピオン」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年12月 7日 14:53
  • スポーツ

今年の日本の男子ゴルフツアー最終戦「ゴルフ日本シリーズJTカップ」が昨日終わりました。期待された賞金王争いの石川遼選手と池田勇太選手は優勝争いには加われませんでしたが、アメリカツアーから復帰した丸山茂樹選手の10年ぶりの日本での優勝で、詰めかけた大ギャラリーはゴルフの楽しさに酔いしれました。

初日の大きな出遅れで苦しい展開となった石川遼選手ですが、流石実力者で3日目―3、最終日―4とスコアを戻して見所を作りました。その結果、18歳と80日で日本ツアーの賞金王に輝いたのです。過去の最年少賞金王は尾崎将司選手の26歳でこれを36年ぶりに大幅に更新しました。海外を見ても欧州ツアーのセベ・バレステロス選手の19歳6カ月を破る大変な新記録(勿論世界新記録)になりました。あのタイガー・ウッズ選手でさえ賞金王に成ったのは21歳の時だったと言いますから石川遼選手は凄いことをやってのけたことになります。プロゴルファーになって僅か2年で成し遂げたこの記録は恐ろしいほどの快挙という他ありません。

そして今年は昨年にも増してゴルフの内容が大きく進化しました。石川遼選手に直接指導しアドバイスを送ってきた尾崎将司選手は「18歳の若さを超越した攻撃的なゴルフとショートゲームに磨きがかかって、今年の彼のゴルフは内容的にまさしく王者の姿だった」と称賛の声を送っています。青木功選手や中島常幸選手も、今迄見たことも無い可能性を持った日本人ゴルファーとして世界に大きく羽ばたいてほしい、とエールを送っています。

今年一年マスターズ、全英オープンなど大舞台で予選落ちを経験しましたが、それでも大崩れすることなく、むしろ将来への可能性を感じさせる内容のあるゴルフを見せてきました。そしてその経験を一つ一つしっかり吸収して次に確実に生かしていくという、分かっていてもなかなか実践できないことを楽々とやってのける能力を持っていることを見せてくれました。

石川遼選手を見ていて感じる素晴らしさは誰の目にも明らかですが、体の柔軟性や筋肉の柔軟性に優れていること、目標設定が大きく高くそれでいて的確であること、ゴルフが人生と答えるほどゴルフが好きでそのために真摯に練習すること、体の手入れやトレー二ングをしっかりこなすこと、など挙げれば切がないほどでしょう。

それに加えて、インタビューに答える彼の話の内容は極めて論理的で分かり易く、何時も誠実に答えているその彼の姿勢に心打たれるのです。大人でも誰もが納得する受け答えというのは簡単にできるものではないのですが、それをきちんとやり通している18歳の青年は他には私も見たことがありません。

その基礎は家庭教育の中で築かれたものだと思いますがここまで好感のもてるインタビュイーは稀有だと感じます。この後は来年に向けて早くも準備に入るということで、紅白歌合戦やバラエティー番組にも一切出演しないとのことで安心しました。その気持ちでどんどん前進して欲しいと思います。

「『野球は人生そのものだ』を読んで」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年11月22日 19:13
  • スポーツ

先日京都に行ったときに、駅の書店に入ると長嶋茂雄さんの「野球は人生そのものだ」という本が目に入りました。表紙には長嶋さんのあの素敵な笑顔があって、本を手にした人に「野球は人生そのものなんだよ」と話しかけているように感じられるものだったので、私はすぐにこの本を買いました。

本書は長嶋さんが日本経済新聞に2年にわたって連載した「私の履歴書」に大幅に加筆してつい11月10日に出版されたばかりの本でした。私自身も少年時代長嶋選手に憧れて育ち、NHK時代にはスポーツアナウンサ―として長嶋さんを取材した体験があるので、長嶋さんの大まかな野球人生についてはある程度のことは知っている心算でいました。ご本人の目を通してこれまでの野球人生を語って下さるのに私もお伴をして、もう一度長嶋さんの生き方を一緒に振り返るのもまた楽しいことだろうなという少し軽い気持ちでこの本を手にしたのでした。

読み始めると過去の名場面、名勝負にぐいぐいとひきつけられて行きました。そして長嶋さんが選手としてまた監督として何時も胸の中に刻み込んでいた思いがダイレクトに伝わってきて、こんなにも深いそして強い思いを胸に野球を続けてこられたのだということがとても良く理解できた気持ちになり、改めて長嶋茂雄という人の存在の大きさに感動したのでした。

砂押監督の指導を受けていた立教大学の学生時代から、長嶋さんは将来プロ野球でプレーするときのことを想定してどうしたら観客が満足してくれるか、喜んでくれるかということを真剣に考えていたということで、これは長嶋さん以外の選手には恐らく無かったことだと思います。今にして思うと三遊間のゴロをダダッとダッシュして捕球し、矢のようなボールを一塁に送る、その一連の動きは流麗且つ豪快でほかの誰にも真似できるものではありませんでした。また、チャンスで打席に入るとき、バッターボックスの手前でもの凄く豪快なスウィングを2回3回と繰り返して観客の期待感を煽り、打席に入ったらその期待通りに快打を放つ。時に凄い空振りをしてヘルメットが飛ぶということもありましたが、実は被っていたヘルメットはアメリカ製で、頭の形が外国人仕様ということで後頭部の部分が1cmほど自分の頭より長く、猛スウィングをすると頭からヘルメットが抜けて飛ぶようになっていたのだそうです。空振りをしたときでさえ皆が凄いと感心し得くれるように打ち、投げ、走る、全てのプレーが観客を喜ばせ、観客を満足させるためだったというのですから長嶋さんは正に不世出のプレイヤーなのだと思います。

さらに驚くのは、砂押監督を通じて手に入れたジョー・ディマジオのバッティング分解写真などを参考にして、大リーグの名選手たちは腕や上体の力でボールを遠くに飛ばしているのではなく腰の回転で素晴らしい打球を放っている、ということを見抜いてそのようなスウィングを意識しながら練習していたそうです。

大リーグで彼らに負けないプレーをしたいという強い思いをずっと抱き続けていたということですから、半世紀以上前に本格的大リーグ挑戦を日本で最初に考えていた野球選手ということになりますね。巨人軍の事情で勿論それは実現しませんでしたが、長嶋さんの野球を見据える先見性には敬服するしかありません。とにかく、どこを取っても緊張感に満ちたすばらしい筆力で描かれたこの書は必読に値するものと感じました。読み終えて私の長嶋さんに対する思いはこれまで以上の深い尊敬の念へと昇華しました。

「エリザベス女王杯を振り返って」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年11月17日 15:21
  • スポーツ

愛馬「ブエナビスタ号」は前走の秋華賞7cmの鼻の差で敗れた上、他馬の走行を妨害する行為があったとして3着に降着処分を受けましたが、その悔しさを晴らそうと11月15日京都競馬場開催のエリザベス女王杯に出走してきました。ライバルの「レッドディザイア号」がこのレースへの出走を見送ったため、多くのファンが今度は「ブエナビスタ号」の独り舞台になるだろうと考えたようで圧倒的な一番人気でした。

パドックではいつも通り落ち着いていて、出来もとても良く見えました。これなら今年3つ目のG1が手に入りそうだなとも思えました。しかし勝負というのは決して生易しいものではないのですね。絶好のスタートを切ったもの、どの辺に馬の位置をとるのだろうかと思っていると、安藤騎手はじっくり手綱を絞っていつものように後方から3、4頭目のポジションでレースの流れを見ながら進んで行こうと考えたようでした。

しかし、バックストレッチに入り先頭を走るクインスプマンテ号がピッチを上げ、それにテイエムプリキュア号がついていき2頭で後続の馬群をぐんぐん引き離しその差最大で25馬身にもなってしまいました。流石にこれは差がつき過ぎでは、と懸念するどよめきが場内から上がりました。後方群の馬たちは催眠術にでもかけられたかのように牽制しあったまま、ブエナビスタ号が必死に先を行く2頭を追走しましたが時既に遅く3着が精一杯で、またしてもG1タイトルはお預けとなってしまいました。

競馬では稀にこういうことが起きるものではありますが、ただ多くの人たちが期待して見ているレースでしかも最もグレードの高いレースで有力と見られていた馬たちが能力を出し切らないで凡走するというのは残念としか言い様が有りません。ブエナビスタ号はスタートが抜群に良かったので、もう少し前に付ける、もしくは中段位の位置取りをするのではと思いましたが何時も通りの後方に構えていました。

これは安藤騎手が大事をとってパターンを変えて失敗してはいけないということでこのような乗り方になったのだろうと思います。ただ、馬にも色々なパターンを教えたほうが良いとすれば、正直なところもう少し前につけて欲しかったですね。もっと前にいれば先頭との差がどれくらい開いているかが確認できたはずです。そうすれば仕掛けのタイミングも柔軟に対応できた可能性があります。

逃げた馬たちのペースは決して速くなく、G1にすればややスロ―と言ってもいいくらいでした。このようなレースでは馬群の中で最初に動いた馬が失速することが多いという競馬の常識があります。しかし、後半の600mが32秒9という破格のスピードを発揮するほどの力があったことを考えると、何とも残念な思いがしてしまいます。

これでここ3戦の結果が2着、3着、3着ということで、ブエナビスタ号はもはや「スーパーホース」ではなく、「普通の強い馬」でしかないと言われそうですね。今後どこで立ち直りのきっかけを掴むのでしょうか。

「本当におめでとう!! 松井秀喜選手」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年11月 5日 17:26
  • スポーツ

松井秀喜選手がついに夢を実現しました。7年前、読売ジャイアンツからFAで二ューヨークヤンキース入りした松井選手、その胸の中にあった目標はヤンキースの一員としてワールドシリーズを制して世界一になることでした。一年目の2003年にはアメリカンリーグで優勝しワールドシリーズに進出しましたが、フロリダ・マーリンズに敗れ念願は叶いませんでした。

豊かな資金力でスター選手を集めることのできるヤンキースですから松井選手の夢は遠からず実現しそうに思えたものですが、現実は厳しいものでした。長く頂点にいたヤンキースも次第にチームのバランスが悪くなり、プレーオフに残ってもワールドシリーズまで駒を進めらくなってしまいました。2006年には松井選手が左手首骨折の重傷を負い、その後も右膝、左膝と手術をしてリハビリや調整に努めなければならず、何とも苦労の多い日々を送らなければならない羽目に陥りました。

そして今年は松井選手にとってヤンキースとの契約最終年なので、良い結果を残すことだけがヤンキースとの契約延長の条件でした。ですから、スランプがちょっと続いただけですぐにトレードの話だけが独り歩きして記事になる始末だったのです。その上ヤンキースの采配を振るうジラルディ監督はデータ重視の細かい野球を志向するタイプですから、膝にまだ不安を抱えている松井選手を守備に就かせようとはしませんでした。さらに始めの頃、松井選手は左投手を苦手にしているという誤ったイメージを持っていたせいでしょうか、右投手の時だけ使うような傾向がありました。それでも松井選手が素晴らしかったのは偶々対決することになった左投手を苦も無く打ち崩して監督の考えを改めさせてしまったところです。

そんな苦闘の積み重ねの中からジラルディ監督も松井選手の勝負強さを十分認識するようになり監督発言の中にも松井選手の存在の大きさを認めるコメントが徐々に増えてきました。与えられた数少ないチャンスに答えを出してポストシーズンの闘いに入る前、「マツイはヤンキース打線に欠かせない存在」とまでジラルディ監督に言わせたのです。普通の選手なら気持で負けて行ったかもしれないところを松井選手は自力で切り抜けて今日の評価を獲得したのでした。

ワールドシリーズに入ってからは特に集中力が高まっていて、出番があれば何時でも対応するという姿勢が印象的でした。それが第2戦のマルティネス投手からの勝ち越しホームラン、第3戦の代打ホームラン、第5戦の代打でのヒットを生み、そして本拠地に戻っての今日の大爆発に繋がったような気がします。今年6月、二ューヨークで取材したときに「必ず爆発します」と宣言した松井選手でしたが、その言葉は実は今日の日のための言葉だったのではないかという気がしてきました。

松井選手の座右の銘は「人間万事塞翁が馬」ということで、何があっても慌てず騒がず最善を尽くして結果を待つということですが、正しくその通りに振舞ってワールドシリーズMVPを獲得したのだと思います。ここまでの様々な苦労は神が松井選手に与えた試練であり、その試練を乗り越えることのできた松井選手に勝利の女神がほほ笑んだのだと思います。日本人が大リーグのワールドシリーズのMVPに輝くということはなかなかあり得ないことで、大リーグの歴史に刻まれた大きな1ページとして何時までも語り継がれることでしょう。「ヒデキ・マツイ」は本当にすごい選手です。

「いざ、ワールドシリーズへ」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年10月28日 12:49
  • スポーツ

二ューヨーク・ヤンキースがアメリカンリーグ優勝決定シリーズでカリフォルニア・エンゼルスを降して6年ぶりにワールドシリーズ進出を決めました。試合後いわゆるシャンパンファイトでシャンパンを掛け合ってヤンキースの選手たちがお互いの健闘を称え合い、アメリカンリーグの代表になれた喜びを分かち合う様子がテレビで流されました。中でも松井秀喜選手が最高の笑顔でシャンパンをかけながら、インタビューにも快く応じていた姿が印象に残りました。

彼がヤンキースの一員になった6年前、ヤンキースはプレイオフシリーズ、リーグ優勝決定シリーズを勝ちワールドシリーズに駒を進めましたが、フロリダ・マーリンズに2勝4敗で敗れ、世界一にはなれませんでした。1年目としては彼は良く頑張ったし、ましてポストシーズンを最後まで戦ったのだからある程度の満足感を持って帰国したのだろうと私は思っていたのですが、そのことについて聞くと「充足感は全くありません。ワールドシリーズで勝てなかったのは極めて残念です。野球はチームの優勝のためにやっているのですからね」という返事が返ってきたのです。

チームが勝てなければいくら自分が打ってもそこに喜びは無いという松井選手の考えは野球という団体スポーツの原則を大事にするもので、本来野球に参加する一人一人が持っていなければならないものなのですが、意外に期待値の大きな選手ほど自分が打とう、自分が活躍しなければという思いに縛られていることが多いものです。ところが松井選手はチームのために最大限に貢献する姿勢を日本でもアメリカでも貫き通してきました。ここは自由に打ちたいだろうなと思えるところでもきっちりボールを見極めて塁に出ることを目標にストイックな姿勢を崩しません。

その姿勢を大リーグでも続けてきたので、最高の目標にしていたワールドシリーズに6年ぶりに進出できたことを心から喜んでいることでしょう。日本のプロ野球にも在籍し大活躍したチャーリー・マ二エル監督率いる昨年の世界一チームであるフィラデルフィア・フィリーズは強敵ですが、今年のヤンキースは問題だった投手陣にサバシア投手、バーネット投手が加わり安定感が出てきましたし、ワールドシリーズは選手生活16年目で初出場になるA・ロッドが闘志を燃やしているので、ヤンキースが勝つ可能性も高いような気がします。

松井選手はこの4年間、左手首の骨折、右膝、左膝の手術と苦難を乗り越えて頑張ってきました。今年も守備につく準備はしていましたが結局DHでの起用で、出場も随分制約を受けてきました。とはいえ、そうした悪条件の中で本当に良く頑張って、シーズンの終盤にジラルディ監督の信頼を勝ち得ました。そんな松井選手ですからワールドシリーズでも何かやってくれそうな気がしてなりません。日本時間29日の開幕が待ち遠しいですね。

「投手起用の判断」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年10月22日 15:31
  • スポーツ

日本でもアメリカでもそれぞれ日本シリーズ、ワールドシリーズを目指してポストシーズンの激しい戦いが展開されていて、野球ファンの気持ちを惹き付けます。

昨日は楽天が8回裏日本ハムの反撃に遭い6―1から6―4と2点差に追い上げられて試合の流れが急に日本ハムに傾き始めました。それでも9回表、今季首位打者になった鉄平選手が逆転されてなるものかと体をぶつけるようにうまく回転させて日本ハム林投手のカーブをライト観覧席に打ち込み2ラン。スコアは8―4となり楽天としては勝利をぐっと手元に引き寄せたかと誰もが思った筈です。

しかし野球は分からないものですね。9回裏マウンドに立った福盛投手がワンアウトを取った後、田中選手、森本選手、稲葉選手に3連続ヒットを打たれて8―5となり、悪いことに次の4番高橋選手に四球を与えワンアウト満塁。日本ハムの本拠地札幌ドームは逆転への夢を抱くファンの声援で最高潮に盛り上がりました。

テレビを見ていて気になったのはこの間、楽天ベンチは守護神福盛に全てを託すということだったのでしょうが、全く動きが無いまま明らかに冷静さを欠いている感じに見えた福盛投手に続投を命じました。勿論、先発投手をこの場の逃げ切りに投入するという判断はシリーズ全体を視野に入れている監督にはし辛いのでしょうが、マ―君を使って逃げ切るという方法もあるのではと思いながらテレビ観戦を続けました。そして迎えたバッターがスレッジ選手。この日2本のヒットを打ち、前の打席では打点も上げているため気合いを込めて打席に入ってきました。それが証拠に彼は初球から思い切り振ってきました。甘いフォークボールで一瞬ヒヤッとさせられましたが空振りに終わりました。ところがそのあとの2球目、アウトコースの球を逆らわない巧いバッティングで左翼席に逆転サヨナラ満塁ホームランを放ったのでした。一塁側ベンチの梨田監督も驚きと喜びが入り混じった何とも言いようのない笑顔でこの信じられないような逆転劇を見つめていました。

そう言えば、ここ一番の大事な場面での投手起用ほど難しいものはないと、NHKでのプロ野球放送でよくご一緒させて頂いていたV9監督の川上哲治さんも語っておられました。自分のひらめきで早めに別の投手にスイッチした途端、乱打されて勝っていたゲームを落としたことが何度かあったそうです。ただ、投手交代が手遅れになることは一番悔いを残すことになるので、そうならないように細心の注意を払っておられたようです。

アメリカンリーグの優勝決定シリーズでもヤンキース対エンジェルス戦の第3戦は4―4のまま延長戦に入り、11回の裏ヤンキースのジラルディ監督はマウンドにロバートソン投手を送りました。そしてツ―アウトを取ったところで突然ロバートソン投手に変えてアセベス投手を起用したのです。ところそのアセベス投手がエンジェルスの7番打者ケンドリック選手にヒットを打たれ、8番打者のキャッチャーのマシス選手にサヨナラ2塁打を打たれてヤンキースは第3戦を落としてしまいました。ジラルディ監督は過去のデータで判断してアセベス投手を送ったのだが、と悔しそうな表情を見せました。

このようにベテラン監督にとっても難しい投手起用ですが、楽天のファンにとっては目の前に勝利の文字がはっきり見えていたのに逆転負けを喫したのは何とも残念で仕方がないでしょう。このショックから立ち直って今日からまた楽天らしい野球を見せて欲しいものです。

「残念、三冠ならず」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年10月19日 15:56
  • スポーツ

JRAの歴史上メジロラモーヌとスティルインラブの過去2頭しかいない牝馬の三冠馬になれるかどうか注目されたブエナビスタ号が昨日、京都競馬場で秋華賞に出走しました。

ブエナビスタ号はこれまで常に後方から追走して最後の直線でトップスピードに上げて他馬を交わすという硬直したレースしかしていなかったので、レース前の予想では秋華賞の行われる京都競馬場の直線が320m余りと短いためブエナビスタ号の追い込みが届かない可能性が高いと考える人が多かったのです。私もその危険性は十分にあると感じていましたが、一口会員としてはそれでも勝って三冠馬になって欲しいと思っていました。

いざ本番のレースではブエナビスタ号は好スタートを切りましたが、何時ものようにゆったり進んでインコースを我慢しながら追走していきます。4コーナーを回るときに、インコースは馬群がどっと混みあって不利を受けやすいため、安藤勝己騎手は何とかコースの外側にブエナビスタ号を導こうとしました。ところが思い通りにはならず結局追い出しのタイミングが遅れ、早目に抜け出しを図ったレッドディザイア号にハナ差(7cm)及ばず2着でゴールインしました。その後パトロールビデオを参考に審議をした結果、4コーナーで外側に動こうとしたときにすぐ横にいたブロードストリート号の動きを妨害したことで2着から3着へと降着になってしまいました。応援している人たちにとってはつらい裁定でしたが、安藤勝己騎手に意図があったわけではなく競馬の流れの中では起きうるケースの一つが偶々あの場で起きてしまったということです。

それにしてもブエナビスタ号は素晴らしい競走馬ですね。負けはしましたがトップスピードに乗るのが遅れたにも拘わらずあれだけの接戦に持ち込み、スローの映像で確認するとゴールを過ぎたところでは先頭に立っていたのですから凄い馬です。8月に札幌でレースに出走した後、右前の蹄に蟻洞という穴が空く病気を発症したそうです。爪に入った水虫菌と同じく、手当てが遅れると蹄が全部伸びるまでは走れないので大変なことになっていたところでしたが、手当てが早く充分な治療ができたため競争能力に影響が出なかったのは本当に良かったと思います。山口厩務員や関係者の皆さんの努力に拍手を送りたいものです。

京都競馬場の帰りに久し振りに元JRA名ジョッキーの岡部幸雄さんとお会いしてお話ができました。岡部さんは「ブエナビスタ号にとって今日はいい経験ができました。今までは後方から行って直線で外から追い込むということだけしかやってこなかったので、今日は内でじっと我慢して最後思い通りにはならなかったものの、馬群の中で外へ出すタイミングを計るという競馬ができました。こうやって色々なパターンのレースを経験することが競走馬の可能性を広げることになるのですから、負けたのは残念ですが収穫の多いレースだったと思いますよ」と語っておられました。次のレースが何になるのかはまだ決まっていませんが、次回は本来のブエナビスタ号の持ち味を十分に見せつけるレースをしてくれることは間違いないと確信しています。

「オリンピックを開催することについて」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年10月14日 16:57
  • スポーツ

コペンハーゲンで開かれたIOC総会で東京が落選してから既に10日ほど過ぎましたが、敗因について石原都知事は「昔の自民党総裁選挙のように目に見えないところで不明朗な力が働いて結果が決まったように思える。ブラジルがアフリカ諸国にリオデジャネイロに投票して貰うことを条件に経済援助の働きかけをしたといった話もある」などと話し、東京のプレゼンテーションは最高だったのにと語るばかりで反省点の洗い出しには至りませんでした。

やはり東京にとって説得力を欠いた最も大きなポイントは開催地での住民の支持率がIOC調査で55.5%しかなかったというところにあったのではないかと思うのです。1964年に東京オリンピックが開かれたとき、日本は池田内閣のもと所得倍増政策がとられ、多くの国民が未来に大きな期待を抱いていました。そして敗戦の苦しみを乗り越えて頑張って世界最大のスポーツの祭典を自分たちの手で開くことができるのだという高揚した気持ちで、当時の印象では90%を超えるくらいの支持に裏打ちされていたように思います。

しかし今回は周りの誰に聞いても、開催することのメリットは認識していても、どんな困難を乗り越えてでも開催しなければならないとか、今やらないとだめなのだといった思いに溢れている人はそれほど見受けられませんでした。自分自身も2016年にどうしても東京でやらなくてはならないという気持ちにまでは正直至りませんでした。他の3都市が80%を超える住民の支持を集めていることと比較すると、そこからは開催への燃えるような情熱が感じられません。これでは投票権を持つIOC委員に対してアピール力が弱かったのは致し方が無かったと思います。

勿論、他の都市に勝る要素としてコンパクトでエコを考えてのさまざまな工夫がなされていることなど優れた点もあったのですが、それだけではいの一番に東京というわけにはいかなかったですね。やはり、もっともっと早くから都民や国民に東京でやることの意義、経済効果、若者に与える精神的な効果などをどんどん情報発信してPRすべきだったと思うのです。都政に関る一部の人たちだけが認識しているだけでは、都民の意欲は燃え上がってくるはずもありません。オリンピック招致大使として萩本欣一さん、古田敦也さん、クルム伊達公子さんが出演しているPR映像も何回もテレビ上で拝見しましたが、もっと多くの各界各層の有名人が同じく将招致大使として出てこられればPRの印象も随分違ったような気がします。

次のチャンスがあるのか否か現時点では分かりませんが、今回の招致活動には反省点は多かったと思います。と思っていたところに広島と長崎が核廃絶を目指して2020年のオリンピックに共同開催を検討しているという発表がなされました。確かに、核廃絶をアピールしたアメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したその流れを考えて世界の注目支持を集めようという思いが両市にあったのは良く理解できるのです。ただ、オリンピック憲章では開催地は一都市と限定されていて共同開催は認められていない実情もあります。しかも長崎、広島は新幹線特急乗り継ぎで4時間もかかるほど離れています。宿泊施設の数にしても、財政基盤にしても、いざ開催となれば大きな課題が山積するものと思われます。現実的に見れば開催実現までの道のりは遠いような気がしてなりません。

今の核廃絶への雰囲気をより強いものにしたいという両市の市長の思いは理解できますが、核廃絶だけに限定することなく幅広いテーマを掲げて、世界中の多くの人たちが納得し、特例的な扱いをしてでも開催させてあげようではないかという声が溢れるような戦略が理想的ではないでしょうか。その意味ではいささか拙速な面も見えたような気がします。今回の共同開催の意思表示に対してIOCの幹部からは共同開催はありえないという反応が早くも出てきました。やはり、核廃絶への気持ちをオリンピックだけに限定しないで別の形でも盛り上げる方法を考えていくことも大切ではと思った次第です。

「祝 ヤンキース東地区優勝」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2009年10月 2日 13:07
  • スポーツ

ニューヨーク・ヤンキースがアメリカン・リーグ東地区の優勝を決めました。

今年も出だしはレッドソックスが好ダッシュで、特に前半戦の直接対決ではヤンキースがレッドソックスに1勝もできない状態で心配されましたが、懸案の投手陣の立て直しがサバシアとバーネットの二人の新加入によって漸くでき上がり、(9月30日現在サバシア19勝、バーネット12勝)落ち着いて野球ができるようになって持前の強打線が一段と威力を発揮するようになりました。特にオールスター戦以後は破竹の快進撃を見せて貯金を積み重ね100勝を超える勝利数に到達しました。その快進撃に歩調を合わせるように松井秀喜選手がペースを上げて、あれだけ出場の機会を抑えられながら9月30日現在28ホームラン90打点と目覚しい活躍を見せてくれました。

今年の松井選手の頑張りには本当に頭が下がる思いです。一昨年の右膝の手術が11月と遅かったことで去年のキャンプでは試合に臨めるコンディションにすることに苦労しました。そこで去年の左膝の手術を2か月繰り上げて行い、今年はキャンプ早々から動けるように努めましたが、ジラルディ監督は故障上がりの選手に無理をさせないという考えで、松井選手については様子を見ながら少しずつ使って行くという方針を立てていました。松井選手自身が「もう行けます。守備にもつけます」とアピールしても彼を休ませながら使うという考えを変えませんでした。ですから大活躍をした日の翌日にスタメンから外れてベンチスタートということも少なくは無かったのです。

おそらく人間の心理からすると、活躍して自分の手にその感触が残っているうちに続けて打席に立ちたいと欲求が出てくるのが自然でしょうから、このジラルディ監督の采配には個人的には疑問が残ってしまいます。仮に自分が松井選手の立場だったら、監督に直訴していたかもしれません。ところが、松井選手は「使ってもらえないのは自分に原因があるのであり、何時行けと言われても対応できるように最善の備えをするしかありません」ということで不快な表情など微塵も見せずじっと機会を待ち続けたのです。

そして後半戦の与えられたチャンスに好打を連発し、限られた出場機会を本当に良く生かして指名打者としては球団記録の27ホームラン(9月30日現在)を放つ活躍ぶりです。「男は黙って」というキャッチコピーがありましたが正にその通り。改めて松井選手の器の大きさを思い知らされました。恐らくポストシーズンも目覚ましい活躍をしてくれるに違いない、と楽しみでなりません。

「無限の可能性」

男子プロゴルフツアーのフジサンケイクラシックで注目の石川遼選手が2位に5ストロ-クの差を付けてぶっちぎりの優勝を果たし、今季3勝目となり賞金ランキングでも首位に躍り出ました。

この優勝はさまざまな点で大きな意味を持つ優勝です。中堅そしてベテラン選手たちとラウンドしても一向に動じることなく伸び伸びとプレーを続け、次第に自身の発散するオーラや集中力の凄さに一緒に回っている選手たちの方が圧倒されてしまうという大会になってしまいました。また、石川選手のプレーの流れを見て行くと、ボギーが続いて崩れそうになるところもあったのですが、そこでしっかり踏み留まってもう一度気持ちを入れ替えて攻勢に転じ、バーディーを連取するという具合に付け入る隙を相手に与えない見事な4日間の戦いぶりだったのです。この勝利で賞金ランキングのトップに立ち、このペースを保てれば賞金王は間違いないと言い切ってもよさそうです。

テレビで解説を担当しているプロゴルファーの沼沢聖一さんが今回のトーナメントを見て石川選手は一気に5段階くらい進歩したように思えると言っていました。4日間通して毎日、ラウンド後に彼はメディアからコメントを求められますが、その内容はその日その日のラウンドの総括をきちんと客観的に行い、翌日のラウンドの目標をはっきり宣言して締めくくるという形で終わるもので大変判り易く、一日一日に懸ける彼の思いがとても良く伝わって来ました。それとともに17歳の青年が本当に素晴らしくここまでの表現ができるものだなと感心してしまいました。

ここまで立派な姿を見せられるのは石川遼選手が本当に頭の良いゴルファーであるからだと思います。一緒にプレーをした選手たちは口々に「遼君を止めようと思っても止められなかった。いや彼は止まらないのです。」「彼は総合力でNO.1だ。」「日本のタイガー・ウッズだ。誰も敵わない」などと嘆くばかりでした。日本ゴルフツアー機構の小泉直会長が「他の選手たちがだらしないと言われても仕方がない」と語りましたが、現実には石川選手は異常なまでの強さを発揮したのだと私は思います。

恐ろしいほどのスケールを持ったゴルファーがついに日本に現れたという感じを抱かせた今回のトーナメントでした。かくなる上は来年からはアメリカに戦いの場を移し、ウッズ選手をはじめとする世界の強豪たちと渡り合って欲しいと思います。これまで長い間日本のプロゴルファーたちを見てきましたが、石川選手だけは別格で彼なら4大トーナメントでも勝てる可能性があるのではないかと思えてきました。長年スポーツ放送を担当してきた立場だったため、どうしても選手の可能性を論じるときは慎重な姿勢になる傾向がありますが、石川遼選手には是非「世界の石川」と呼ばれるような大選手になってほしいと心から願っています。

「札幌記念」

久し振りに夏の札幌を訪れました。先週22日(土)の午後新千歳空港に到着、何時もはタクシーで札幌に向かうのですが、よく札幌に行っている次男から「空港から電車で行くのも意外に楽で良いよ」と教えてもらったこともあり今回は電車を利用してみました。確かに駅も近いし快速を利用すれば36分で札幌駅に着いてしまうので、これは良いルートを見つけたなという気分になりました。

特に今回は身軽な旅だったこともあり、荷物が少ないときは列車に限る、と感じた次第です。宿はホテル「ロイトン」でしたが、従業員の接客ぶりが大変素晴らしく印象に残りました。従業員一人一人が明るい笑顔で近づき挨拶や御用を伺う積極性が本当に程良くて厭味がないのです。部屋もとても綺麗で何処をとっても久々に好感の持てるホテルに泊まることができてよかったなという気分になりました。

実は今回札幌に出向いたのは翌23日(日)札幌競馬場で行われる札幌記念(GII)に出走するブエナビスタ号の走りを確認するためだったのです。春は桜花賞、オークスとGIを連勝し、その勝負強さを評価されて10月にフランスのロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞に挑戦することでスケジュール調整が行われていました。そしてその準備の一環として8月の札幌記念に出走して様子を見て、具合が良ければそのままフランスを目指すということで関係者の気持ちは固まっていたのです。

確かに際立った強さを持っている馬なので凱旋門賞挑戦も選択肢の一つとして視野に入れても良いなとは思ったのですが、よくよく冷静に相手関係を見てみると今年のヨ―ロッパの3歳牝馬や古馬には相当な実力を持った馬が多く、とても一筋縄では行きそうにないと思えて私自身フランスへ行くべきかどうか迷っていました。まあ兎に角、札幌記念であっさり勝てるようであれば最終的にはフランスへは私も行こうと心に決めて札幌にやってきたのです。

ただ、ブエナビスタ号はレースでは常に前半は後ろの方にいて後半特に直線に入ったら一気に追い込むという戦法の馬なのですが、札幌競馬場は狭いレースコースで、東京競馬場の直線が500m以上あるのに比べ僅か269mメートルしか無く、追い込みの馬にとっては何とも頼りないコースなのです。これだけの短い直線では全ての馬を追い抜いてトップでゴールインというのは極めて難しいことで、どちらかというと2着以下に敗れることもあるのではという感じがしていました。パドックでブエナビスタ号を見ると、馬体が大きくなったと言われたわりにはあまり成長したようにも見えず、いつもとても落ち着いている馬が珍しく物見と言って、パドックの外や外にいる人たちに視線を送るなど集中力にやや欠けるところが見えました。レース後安藤勝己騎手が言っていましたが、いつもより力んで走っていたそうですし、じっくり構えて追い込んでくる馬なのにこの日は初めから行く気を見せるなど春のブエナビスタ号とはちょっと違う一面を覗かせていたのも事実です。サラブレッドは非常にデリケートな生き物で、管理する人間の方が緊張しているとそれを鋭く嗅ぎ取って馬自身も緊張の中に身を置いてしまうものだと言われるのですが、ひょっとしたら海外挑戦のための準備から何時もとは違う何かを感じて平常心を少し失いかけていたのかもしれません。

レースでは結果的に追い込み届かず2着で、スムーズな競馬で力を出し切ったヤマニンキングリー号が栄冠を手にしました。ブエナビスタ号は経験の浅い3歳の牝馬にしては良く頑張ったとも言えますが、世界で最強の馬が集まる凱旋門賞で互角の戦いをするにははっきり言って物足りないレースだと感じました。どんなに不利な条件下からでも勝利につなげる力量が無いと只参加するだけに終わってしまうだけでしょう。ディープインパクト号にはそのような力がありましたが、ブエナビスタ号はそこまでは行っていない存在の馬だと思います。多くのファンの方々から是非挑戦させてみたかったという思い遣りのある言葉を頂き、こんなにも沢山の方々が応援して下さっていたことを知り感激しましたが、それにはもう一歩力をつけなければと感じています。この後は秋の秋華賞で三冠を懸けレッドディザイア号とライバル対決をしなければなりませんし、更に力をつけてジャパンカップや有馬記念で古馬達と対決して良い勝負ができる競走馬に成長して欲しいものです。

「それにしても凄い石川遼選手」

先週、全米プロゴルフ選手権が行われ、日本の石川遼選手が本人にとっては初めてメジャートーナメントで予選を突破して決勝ラウンドに進みました。あのタイガー・ウッズ選手でさえ石川選手と同じ年齢のときにはメジャーの予選突破はできなかったということですから、改めて石川選手の成長ぶりは大したものだなと感じます。

4日間戦って最終的に順位は56位でしたが、72ホールの中で内容のある有意義なプレーを幾つも積み重ね、特に最終日は世界ランク2位のフィル・ミケルソン選手とラウンドして、そのミケルソン選手を上回るスコアをマークして見せたのです。特に前半、崩れそうになりながら踏ん張り通して最も難易度の高い16番ミドルホールでは、セミラフから残り56ヤードの第3打をサンドウェッジで軽く打ってグリーンに乗せ、ボールはそのまま転がってカップイン。素晴らしいバーディーで観衆から一際大きな拍手喝采を得たのです。ミケルソン選手は「彼は驚くべき選手だ。飛距離が出るだけでなくパッティングも巧い。もっともっと成長するだろうね」と石川選手の可能性に太鼓判を押してくれました。

全英オープンのときはウッズ選手と回ってともに予選落ちでしたが、大崩れせず見所のあるプレーを見せていましたし、マスターズでも崩れそうでいてまた盛り返していく強さを持っていることを印象付けていました。まだそれほど大舞台での経験がない選手なら崩れだしたら中々ブレーキが効かなくなるのが普通ですが、石川選手にはしっかり踏み留まれる実力があるように思えます。そして注目度の高い、難易度の高いホールでチップインバーディーやチップインイ―グルを取って見せたりする劇的な一打を放てる不思議な能力。大スターになれる可能性を十分に持った選手であることは間違いありません。

それに素晴らしいと思うのは礼儀正しく相手に敬意を持って、きちんとコミュ二ケーションを取ろうと努めているので一緒に回った選手たちから可愛がられる、愛される選手であるということです。スーパースターになった選手というのは皆そのような要素を持っていたので、その点でも石川選手は大きな可能性を感じさせる人です。今後何処まで大きな存在になっていくのか今年後半の戦いぶりに注目してみましょう。

「週末はゴルフを...」

先週末は大きなスポーツイベントが幾つも行われテレビでそれぞれをチェックするのに慌しくTVのリモコンを操作する有様でした。

まず、男子プロゴルフツアーのサン・クロレラ・クラシックで石川遼選手が4日間首位を守り通して自身初の完全優勝を達成。今季2勝目通産4勝目を挙げました。17で既に4勝。このペースで今シーズンを戦っていけば賞金王獲得も現実のものになる可能性が高そうです。国内の賞金王の最年少記録は1973年の尾崎将司の26歳ですから、常識を超えたもの凄いゴルファーが出現したと言ってよいでしょう。石川遼選手は今年、マスターズや全英オープンで健闘しましたが結果的には予選落ちでした。でも彼が素晴らしいのはそこから色々なことを教訓として持ち帰り、その中から自分に取り入れられるものをいち早く栄養素として自分のものにしてしまえるところだと思います。

技術的な面で言うと、スタンスの幅が少し狭くなり体重移動のスライドも小さくなっていたとプロ・コーチの内藤雄士氏は指摘しています。(スポーツニッポン8月3日号、p2)プッシュが出難くなるように工夫していることが見えるとのことで、日々石川遼選手は進化しているということでしょう。全英オープンから学びとったこととして私が感じたのは、タイガー・ウッズ選手の歩き方を参考にして今大会での彼の歩き方は背筋をピンと伸ばし胸を自然に張りリズム良くしっかりした足取りで歩いており、17歳とは思えない堂々たる大人の歩行になっていたということです。これは全てのプレーに良い影響をもたらすものであり、勉強して素早く吸収できるところが石川遼選手の素晴らしさの一つだと思います。更に、最終日最後まで優勝を争ったブレンダン・ジョーンズ選手に対し常に敬意を払い、名選手と優勝争いができることを最高の喜びと考えながらプレーできたというのですから、すでに精神的にも相当高いレベルに到達していると言って間違いないでしょう。13日に始まる全米プロゴルフ選手権(開催コースはミネソタ州ヘーゼルティンCC)でどのような内容のゴルフを見せてくれるか楽しみですね。

夜は全英女子オープンの優勝争いに加わっている宮里藍選手のプレーに注目しました。先週全米女子ツアーで念願の初優勝を成し遂げ、全てのモヤモヤを振り払ったのでしょう。今大会も随所に彼女らしい小技の切れ、パットの感覚の素晴らしさを発揮して良く頑張りましたがあと一歩及ばず3位タイで終わりました。苦労しながらも自分の生きる道を自分自身で切り開き、海外のツアーで通用する力量や技量をようやく獲得したということなのでしょう。

それにしても今大会はカトリーナ・マシュー選手のためにあったと思える大会でした。アマチュア時代、このロイヤルリザム・アンド・セントアンズで全英女子アマのタイトル取ったものの、プロになってからはこのコースでの全英女子オープンには3回出場したもののいずれも予選落ちだったそうです。彼女はこの5月に赤ちゃんを出産したばかりでしたが、家族の素晴らしい協力を得て縁起の良かったはずのこのコースで徹底的に練習を積み重ねて、意欲を燃やし挑戦した結果が夢にまで見た全英女子オープンの優勝でした。淡々とプレー続けるマシュー選手の姿からは迸り出るようなオーラは感じられませんが、この全英でのリンクスでのプレーは、征服してやろうと闘志をむき出しにして立ち向かうと自然がそれに反撃してくるもので、何が起きても柳に風という感じで自然のまま感情を荒立てないプレーが全英らしい雰囲気にぴったりくるのかもしれないなと妙に彼女の優勝に納得したものでした。

「フジテレビ『ボクらの時代』」

先日、フジテレビの「ボクらの時代」のロケで、大相撲の世界が抱えるさまざまな問題について考えてみようという趣旨で、スポーツジャーナリストの二宮清純さん、貴乃花光司親方と私の三人という組み合わせで鼎談が行われました。

二宮さんは昔からの持論で、財団法人として国から財政上の優遇措置も受けている故に日本相撲協会は組織的にも運営の透明性を確保し、社会に対して自らの行動や方向性が説得力を持つものでなければならないということを強調していました。確かに時津風部屋で起きた力士に対する暴行事件で若い力士を死に至らしめた問題でも、また横綱朝青龍が腰の骨の疲労骨折を理由に巡業をキャンセルしてモンゴルに帰りサッカーに興じていた問題についても、日本相撲協会ははっきりした態度を打ち出せず結果的に事態の適正な収拾を図ることができませんでした。

やはり、相撲経験者だけで構成されている組織では、幅広いものの見方ができにくいという弱さがあったように感じられます。協会ではその辺りの弱点を指摘されて外部からも慌てて役員を迎え入れましたが、まだ体制が十分に整ったようには思えません。

私は相撲をスポーツとして見た場合、肥満体の力士が圧倒的に多くすぐに息が上がりスタミナに欠けること、動きの俊敏さがなくスピード感が落ちてスリリングでなくなること、糖尿、痛風、高血圧などに罹っているかその予備軍である力士が多いこと、ビジュアル的な美しさに欠け女性ファンが付き難いことなど、信じられない位の色々な弱点を相撲は持っていると考えているので、力士の肉体改造、食事食生活の改善、稽古の在り方、トレー二ング法などを根本的に変えていく必要があると指摘しました。

貴乃花親方はそんな私、そして二宮さんの話をじっくり聞いてくれて全く正しい指摘だと言ってくれました。ただ、明日からすぐに変えられることと、時間をかけて変えていかなければならないことがあるので、十分に吟味して取り入れられるところから取り入れていきたいとも語っていました。このような本当に前向きの気持ちを持った貴乃花親方のような人が協会の中にももっと増え、また現実に貴乃花親方が権限を持って動き出す日が来れば大相撲ももっともっと魅力的なスポーツに変わって来ることだと思います。

尚、この鼎談は9月に放送予定です。放送日が決まりましたら後日お知らせ致します。

「素晴らしき59歳プレイヤー」

今年の全英オープンゴルフ選手権は見所の多い大会でした。何といっても59歳のトム・ワトソン選手が一体どこまで上位をキープできるのかと思われながらも4日間頑張り抜きました。優勝に王手をかけながら18番ホールでパーパットを決められず、S・シンク選手とのプレーオフに突入、最後は遂に力尽き残念ながら最年長優勝記録の更新はなりませんでした。それでも59歳のワトソン選手は何とタフであったことでしょう。ドライバーの平均飛距離が295ヤードを記録したり、4日間に渡って集中力を保ち続けたりと、59歳の人間にはとてもできないと思われていたことをやってのけたのです。恐らくその陰では想像を超える節制や努力の積み重ねがあったのでしょう。

トム・ワトソン選手といえば私には忘れられない思い出があります。1982年、全米オープンゴルフ選手権がカリフォルニア州ペブルビーチで行なわれたとき、私はまだNHKのアナウンサーで実況中継要員として現地に入りました。(ちなみにその3年前の1979年、青木功選手が初挑戦した、オハイオ州トレドにあるインヴァーネスカントリークラブで行われた全米オープンゴルフ選手権が私にとっても初めての全米オープン中継でした。翌1980年はニュージャージー州バルタスロールで歴史に残るジャック・二クラス選手と青木功選手の4日間一緒のラウンドで大接戦の優勝争いが繰り広げられ結局二クラス選手が青木選手を降して優勝)私にとっては二度目の全米オープンの中継だったので、少しは余裕のある放送をしたいと思いつつも中々上手くは行かなかったことを懐かしく思い出します。

さて、最終日の優勝争いで帝王二クラス選手が先にホールアウト、その二クラスと並んでタイスコアで17番ショートホールにやってきた新帝王ワトソン選手が第一打を右の深いラフに外してしまいました。そして深いラフからの第二打のアプローチは打った瞬間ちょっと強いと思われたのですが、ボールは下りのラインを転がりながらピンに当たってそのままカップインしてバーディーとなり、二クラス選手との差を開いて結局逃げ切り優勝を決めたのでした。あの17番ホールのアプローチは、もしラインが少しでもずれていたらボールは随分転がってパーを拾うのも難しかったのではと言われ、全米オープンゴルフ選手権史上でも最も劇的なショットの一つとして話題になりました。

そのショットについて、ワトソン選手自身は、「あれは決して強くなかった。入れようと狙って打ったショットだった」と強気の発言を貫き通しました。その当時は意地を張っての発言かと思っていましたが、今回の全英オープンでの彼の頑張りを目の当たりにすると、あの時のアプローチショットも彼の言った通り本当に入れてやろうと狙って行って生まれた、正に自分の全身全霊を込めた一打だったのではないかという気がします。本当に強い精神力を持ったゴルファーだと改めて思い知らされた今大会でした。

来年の全英オープンはセント・アンドリュースで開催されますがワトソン選手は「来年も何とか戦えそうな気がする」と頼もしい発言をしてくれました。これからも彼には長く頑張ってもらって高齢者に勇気を与え続けて欲しいと思います。

「松井秀喜選手レポート in NY (4)」

二ューヨークで松井秀喜選手について取材をしているときに興味深い話を聞きました。ニューヨーク・ヤンキースの往年の名選手や現在のスーパースターたちが登場する子供向けのアニメ映画「ヘンリー&ミー」という作品が制作されていて、松井選手も本人役で登場し、(勿論実写ではないので声の出演になります。)2月にアテレコが終わっているというのです。

その制作会社を訪ねてみますと、原作者、プロデューサー、監督をはじめ主な関係者が私たちを丁重に出迎えてくれました。丁度全員で打ち合わせをしているところで、日本のテレビ取材者たちが自分たちの仕事に注目してくれて来てくれたのがとても嬉しかったと皆さんが口を揃えて言っていました。見るからに知的で論理構成の達者な感じの人、芸術性豊かでそれでいてユーモアを忘れぬ人など色々なタイプの人が集まって構成されたこのグループは話をすればするほど魅力的な存在の人たちであることに気が付きました。

原作者のレイ・ネグロンさんはヤンキースタジアムでバットボーイを勤めた経験があるそうです。つまり一番近いところから多くの大リ-ガーを見ていて、色々なイメージを持っている人でもあります。物語はそのレイ少年とジョージ・スタインブレナー(ヤンキースオーナー)が歴史に残る名選手たちを球場に呼び集め、時間を超えて最後の記念試合を行うというストーリーになっています。(ヤンキースタジアムが去年で85年の歴史に幕を閉じ、新球場に移るというタイミングで考えられたお話だそうです。)

そして数多いるスター選手の中で最後にあっと驚く大活躍をするのが 何と松井秀喜選手だというのです。レイさんに「なぜ、ジーター選手やA・ロッド選手ではなくて松井選手なのですか」と尋ねるとすかさずレイさんが答えました。「子供達の眼から見て一番人間として尊敬できるのは松井秀喜選手だからです。勿論我々大人から見てもそうですがね。」

この言葉には泣けましたね。長い長い歴史を持つ大リーグに飛び込んできて7年目。手首の骨折も両膝の故障も乗り越えて懸命にヤンキースのために頑張っている松井選手の姿をしっかり正しく評価してくれている人たちがいる、そのことに私は感動しました。思えば去年フロリダ・タンパのキャンプのときにもある女性ファンがこう言いました。「松井秀喜は本当に素晴らしい選手です。左手首を骨折したときに彼はヤンキースファンに向かってこのようなことで心配や迷惑をかけてしまい申し訳ありませんと謝罪したのですよ。怪我をしてファンに向かって謝罪したのは松井選手が初めてです。彼は本当に凄い人なのよ」と。

日本人大リーガーはこれからも沢山誕生することでしょうが、プレーだけでなく人間性についてこれほど敬意をもって受け止められる人は今後も中々出てこないだろうなとふと思ったものです。このような選手を目の当たりにできる私たちはとても幸運です。

後は後半戦の彼の「爆発」を期待するだけです。

「松井秀喜選手レポート in NY (3)」

二ューヨ―クリポートを続けます。

コネチカット州在住の熱烈なヤンキースファンの取材の後、近くに千葉ロッテ・マーリンズ監督のボビー・バレンタインさんの経営するレストランがあるということを聞きつけ、立ち寄って見ることにしました。お店の名前は「ボビー・バレンタインズ・スポーツ・ギャラリー・カフェ」。ごく普通のレストランのような入口から店内に入ると、意外に奥行きのある構造でテーブル席、カウンターなどグル―プで楽しめそうな感じのお店で、正にスポーツバーそのものです。座って少し上を見上げると隙間なく設置されている多くのモニター上では色々なスポーツの実況映像が楽しめるようになっています。

お食事に関しては人気メニューの一つがハンバーガーで、ボビーさんがこれまで在籍した球団の名前が種類ごとに付けられていて7~8種類もありました。私は「メッツ」を注文しましたがカラッと焼きあがっていて中々良い味でした。

午後7時を過ぎた頃からお客さんがどっと詰めかけてきて気が付いた時には店内は満員になっていました。丁度放送されていたメッツ対ヤンキース戦に注目が集まり、勿論ボビーさんが監督を務めたことがあるメッツファンが多く店内に陣取り、メッツの選手が打てば大歓声が湧きヤンキースの選手が好プレーを見せればブーイングといった感じです。でも基本的にはそれを肴に楽しく語らうというのがアメリカ人の楽しみ方なのですね。

さてハンバーガーやホットドッグを2日ほど食べ続けた後、松井選手も良く訪ねるという東52丁目155番地にある「レストラン日本」にスタッフを伴って訪れました。私がこのお店を訪ねるのは3年ぶりです。オーナーの倉岡伸欣(のぶあき)さんは慶応義塾大学出身で学生時代は剣道部の選手として活躍された方なのですが、同窓生たちが赴任先の二ューヨークで食生活に苦労しているという話を聞き、ならば皆の窮状を何とか救ってあげようと一念発起して開いたのがこのお店になります。オープンが1963年だといいますから既に46年の歴史を持つ日本料理店です。日本で食べる日本食に負けないものを食べて貰おうというのが倉岡さんのそもそもの思いなので食材選びが入念です。より良きものを求めて世界中の食材をチェックして歩き、日本国内については1~2ヶ月に1度は帰国して食材選びを怠ることなく続けています。故橋本龍太郎元首相が二ューヨークを訪れたときには特別に「レストラン日本」で会食をすることを優先したという逸話が残っているほど要人にも高い評価を受けているレストランです。

倉岡さんの発想の原点はリラックスして日本食を楽しんでもらいたいということですから、高級志向に走らず、メニューの中には松井秀喜選手のお母さまが作るものと同じレシピのカレーがあり、これがまたとても美味しいのです。松井選手に対してはヤンキース入団以来お店を上げて応援していますが、2006年左手首を骨折して病院に運ばれた松井選手のもとに真っ先にお弁当を作って届けたのが倉岡さんで、松井選手もあの時は本当に助かりましたと語っていました。

さて私たちは倉岡さんが心を込めて組み合わせて下さったコース料理を頂きましたが、一品一品が素晴らしく「今まで食べた海外での日本食の中で最高だった」「食事をしながらここが二ューヨ―クだということをすっかり忘れてしまっていた」など、全員から同じ賛辞が寄せられました。これも倉岡さんが最高の持て成しをしようと志して真のプロフェッショナルとしてお仕事を続けていらっしゃるからだと思います。何方にもお勧めできる最高の日本食レストランだと私は考えています。

「松井秀喜選手レポート in NY (2)」

今シーズン、ヤンキースのジラルディ監督は直接松井秀喜選手に膝の状態や本人の意向を確認した上で試合への起用を決めていると伝えられていますが、松井選手本人がもう守備にもつけますよと言っている割には試合への起用が少なく、特にナショナルリーグとの交流戦が続いた6月はスターティングメンバーから外されせいぜい1打席限りの代打起用という形が続きました。

勿論松井選手自身、それまでの段階で有無を言わせぬ活躍ができていればそんなことは無かった筈ですが、調子がやや下降気味のところで交流戦に突入したことが不運といえば不運だったかも知れません。その上、殆どのバッターがそうですが、やはり一試合のうちに3~4打席チャンスが与えられて初めて結果が出せるのが普通であり、松井選手も完全にそのタイプの選手なのです。ですから理想は先発メンバーとしての出場を期待するのです。その点において、ジラルディ監督の采配には不満が残るものでした。松井選手本人にこうした起用方法についてお話を聞いてみましたが、「監督が試合に勝つ為に組んだメンバーに入れなかったのは自分自身の責任です。アピール力が足りなかった自分の方に問題があったと思いますので不満はありません」と何処までも自己規律心の強さを感じさせる答えでした。最も心配されていた左膝は「勿論昔のように完璧とはいかないけれど、自分自身で細かくチェックしながらやっているので大丈夫です」という嬉しい答えが返ってきました。

松井選手としては、当然のようにヤンキースとの契約最終年にあたるので自分の存在感を示すような仕事をしなければならないし、必ずして見せるという思いを強く持っていることが、話の端々というより話の全体を通して私にもしっかりと伝わって来ました。これほどの決意の強さを松井選手が見せてくれたのは初めてのことです。この感じであるなら良い結果を残してくれそうだと思えました。

事実スタメンで起用された30日のマリナーズ戦では勝利に繋がる右中間突破の2塁打を打ちました。翌日はスタメンから外されましたが、7月2日からは快打連発。7日現在7月に入って18打数9安打打率5割ホームラン3本の大活躍です。私はジラルディ監督に「松井選手は殊の外夏に強い、だから彼にもっとチャンスを与えてくれれば良い働きをしてくれますよ」と言ったのですが、彼は「それは自分でも分かるけれど、まあ大体普通どの選手も夏は調子を上げるものだよ」と分かったような分からないようなコメントが返って来ました。ジラルディ監督は対戦相手が左投手だと松井選手をスタメンから外すケースが多いのですが、松井選手の大リーグでの通算打率は右投手に対して.293、左投手に対し.291なのです。これを見ても左投手を決して苦にしていないことが明らかなので、左投手云々はあまり説得力を持ちません。今季のホームランも右投手から5本、そして左投手から8本打っており、むしろコンスタントに打っていることが分かる筈なのです。今後適正な形で起用してくれれば必ずや良い結果が出るものと確信した今回の取材でした。

「松井秀喜選手レポート in NY (1)」

去る6月27日から7月2日まで、3年ぶりに二ューヨークに取材に行って来ました。テレビ東京そしてBS JAPANで今月26日にオンエアされる番組のロケです。

昨年お蔭様で大好評を得た「松井秀喜X草野仁 ゴジラの真実2008」はその後リピート放送という形でBSでは何度もオンエアされました。今回はいわばその続編ということで、左膝の手術を経験しヤンキースとの最終契約年に奮闘する松井選手の素顔を紹介しようと取材に赴くことになったのです。

ニューヨークに到着早々先ずヤンキースの大ファンで色々なグッズを集めているコネチカット州在住のダグさん一家を訪ねて話を聞きました。ダグさんは心から野球を愛する人で、歴史上の偉大な選手の写真やグッズは勿論のこと、こんなものがあったのかと思われるような珍しい品までとても幅広いコレクションを持っていました。愛犬には何と往年の名選手ヨギ・ベラにちなんで「ヨギ」と名付け、大学のサマースクールで講師として働いて得た特別収入をヤンキースの年間予約席の購入に当て大事な試合には妻子も連れて応援に行くという模範的なヤンキースファンでした。野球のプレーだけでなくグラウンドで歴史を築いてきた多くの野球人に敬意を抱きその伝統を保ち続けようと考えているダグさんのような人たちにニューヨーク・ヤンキースは支えられているのだということを強く感じた次第です。

旧ヤンキースタジアムは85年の歴史に幕を降ろして役目を終え、今年からはそのすぐ近くに全く同じ意匠同じ規模で造られた新ヤンキースタジアムがヤンキースのホームグラウンドとして使われています。今回広報担当の広岡勲さんに試合前に新球場を案内して頂きました。基本的には旧球場と大きな違いは無いそうですが、一つだけ異なるところは昔の球場の方が歓声の反響が大きくこだまするように感じられるということです。グラウンドに立つ選手の間でも「新球場は歓声が拡散して外に逃げて行くような感じで少し物足りない」という声も出ているそうです。

色々な意見がありますが、今年は同じ二ューヨ―クを本拠地とするニューヨーク・メッツも新しく造られたシティ・フィールドを使うようになりましたので2009年は二ューヨークに2つの新球場が生まれた年として大リーグの歴史に残ることは間違いありません。そう言えば、シティ・フィールドの方はシェイ・スタジアム同様相変わらずラガーディア空港の発着便のエンジン音が絶え間なく響き渡っていました。

「第76回日本ダービー」

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5月31日日曜日、「第76回日本ダービー」を観戦しに東京競馬場に行きました。元々NHKでアナウンサーをしていたときから競馬は放送の対象でもあり、「日本ダービー」のようなビッグレースは実際に生で何度も見ているのですが、今年は一口会員としての所有馬アプレザンレーヴ号(フランス語で夢を追い求めての意)が出走するということもあり応援に駆けつけることになりました。

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因みに自分が会員だった馬がダービーに出るのは1996年のダンスインザダーク号以来13年ぶりのことになります。それほどダービーに駒を進めることは難しいことでもあるのです。今年のサラブレッド3歳馬はおよそ7700頭が生産されたということですから、ダービー出走確率は7700分の18つまり、428頭の中から1頭が漸くダービーに出られるという狭き、狭き門なのです。しかも13年前はダンスインザダーク号が直線で先頭に立ち優勝かと思ったもののゴール前70メートルで追走してきたフサイチコンコルド号に交わされて2着で終わるという、何とも口惜しい負け方をしたので今年は悔いのないレースをして欲しいなというのが正直な気持ちでした。

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一つだけ気になっていたのは雨がどの程度降るのかということでした。天気予報では夕方から本格的に降り出すと言っていたのですが、午後になって降りだした雨は勢いを増して土砂降りとなりあっという間に芝コース、ダートコースともに水溜りができてしまいました。一時間位は雨が激しく降り続きレースの始まる前には小降りになったものの馬場状態は不良で出走馬にとっては何とも気の毒な状態でダービーが行われることになりました。

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3時40分過ぎいよいよダービーがスタートしました。NHKマイルカップの優勝馬ジョーカプチ-ノ号が勢いよく飛び出しました。元々前に前にと行きたがる馬なのですがスタンドのどよめきに刺激されたのか、一頭だけ早いペースで飛ばしていきます。そのあとをリーチザクラウン号がマイペースで進みます。そして実力ナンバーワンの評価を受けながら皐月賞で惨敗したロジユ二ヴァース号が続き、わがアプレザンレーヴ号は9番手を追走していきます。

正直これほど馬場が悪いと後方から一気に差を詰めるのは難しいので、もっと前にせめて4、5番手位に付けて欲しいと思うのですが、内田騎手はポジションを変えないまま直線に入りました。少し外目にコースを取って追い上げますが、道悪に脚を取られる感じで伸び切れず結局5着でゴールに入りました。優勝したのは、3番手の好位置をキープしてタイミング良くスパートをかけインコースぎりぎりを通って前にいたリーチザクラウン号を交してゴールに入ったロジユ二ヴァース号でした。馬場の状態が悪化したときはインコースより少し外目にコースを取るというのが常識なのですが、この日のように極端に馬場が悪くなったときは、ロジユ二ヴァース号のようにインコース埒沿いを通った方がロスも少なくて良い結果をもたらすことがあるということを示した典型的な例だったように思えます。その意味でベテラン横山典弘騎手はそのことを最も的確に実践してくれました。見事なファインプレーだったと言えます。

内田騎手も名手なのですが、競馬の常識に左右されてしまったのかなという感じが否めません。唯あくまで乗っているジョッキーが馬の状態を感じながら馬を動かして行くのですから外から見ている人間の見方と現実は食い違っていることもあるので、これは私の印象批評に過ぎません。

道悪馬場に苦労して一番人気のアンライバルド号は見せ場もないままに12着に惨敗。それに比べればアプレザンレーヴ号は良く健闘したと思います。まだまだ成長途上ということなので、秋の闘いで躍進してくれることを期待します。それにしても全競馬人が目標にしているレースであるダービーで勝つというのは至難の業なのですね。それを、所有馬を走らせてからまだ一年目の久米田正明さんが達成してしまったのですから驚異的です。優勝本当におめでとうございます。

「祝 オークス勝利」

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去る5月24日私は東京競馬場のスタンドにいました。勿論一口会員であるブエナビスタ号のオークス出走に応援の声を送るためです。この日は朝から小雨が降ったり止んだりの天気でした。雨がひどくなって余りに馬場状態が悪くなると後方から追い上げていくタイプのレースをするブエナビスタ号にはマイナス材料になりそうなので、どこまで雨が降り続くのか大変気になるところでした。ところが幸いに雨は強くなることもなく、レース時刻の1時間ぐらい前にはすっかり上がって素晴らしい天候に変わり、応援団としては心配材料が一つ減ってほっとしたというのが実感でした。

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各出走馬の馬体重が場内に発表されたとき、ブエナビスタ号は前走より8kg減って446kgということでした。これまでに5回のレースに臨んだ時は450kgを超えていたので、「やはり関西から東京までの初めての輸送で気を遣って体重が減ったのだろうか。だとするとレースに影響がなければ良いのだが」などと応援する側にいると心配しても仕様がないことまで考えてしまったものです。

ところが実際にパドックに出てきたブエナビスタ号を見るとそうした心配は全くの杞憂であることがすぐ分かりました。彼女はいつもと少しも変わらず落ち着き払っていて、悠々とマイペースを保ったままパドックを周回していました。まだまだレース経験の少ない3歳馬の場合は気合いが入りすぎて、所謂入れ込んでしまう状態になったり、早く走りたいと焦りを表面に見せてしまったりして走る前に余分なエネルギーを消費して実力を発揮できないで終わるケースが多いものなのですが、このブエナビスタ号だけはデビューした時から全く変わらず堂々としていて他の馬たちより精神的に大人なのだと思います。

レースは定刻15時40分スタートのはずでしたがワイドサファイア号が岩田騎手を振り落として場内を一周して消耗が酷く発走除外になるアクシデントがありスタートが遅れました。そして場内にファンファーレが鳴り響きいよいよゲートが開いて17頭がスタートしました。

ブエナビスタ号はいつも通りゆっくり走り始め、スタンド前から第1コーナー、第2コーナーにかかる頃は後ろから2、3頭目バックストレートに架かってもその位置は変わりません。応援する側はもう少し前に上がって欲しいと思うのですが第3コーナーそして第4コーナーになっても後ろから三頭目のポジションをキープしています。最後の直線コースはゴールまで500m以上の長さがあるとは言え先頭の馬から10馬身以上の差があり、これではとても届かないのではないかと感じました。半分諦めの気持ちで双眼鏡を置いて肉眼でブエナビスタ号の動きを追い続けているとブエナビスタ号のスピードがぐんぐん上がり直線早めに先頭に立っていたレッドディザイア号に迫り始めました。それでもやはり勝てないのではと思いかけた最後の瞬間にブエナビスタ号がさらにスピードを上げ並びかけて僅かにレッドディザイア号を交わしたところがゴールだったのです。見ていた多くの人たちが「もう駄目だ。とても届かない」と思ったのにブエナビスタ号だけは自分を信じ、御してくれている安藤勝己騎手を信じ走り続けて先頭でゴールインしたのでした。

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レース後安藤騎手が自ら告白していましたが、直線に入ったとき内側のコースを走らせようか、安全な外側を走らせるか一瞬迷ったそうです。何故ならこの日の芝歩の状態が外より内の方が走り易くスピードに乗り易かったからでした。瞬間的な迷いのあと、内を突くと前方に馬の壁ができてスムーズに走れなくなる可能性が高いと判断して外側を走らせることに決めたのだそうです。従って自分がきっぱりと決断していれば、もう少し差をつけられたのではないかと思いますと反省の気持ちを込めてインタビューに答えていました。

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それにしてもブエナビスタ号は凄い精神力の持ち主だと思えます。これだけの脚力、心肺機能、精神力があれば日本の牝馬の歴史を創る競走馬になるかもしれないという思いが私の心中にも芽生えてきました。10月の凱旋門賞挑戦もひょっとしたら意義あるものになるのではと思えるようになってきました。勿論それは夢として、ブエナビスタ号には取り敢えずゆっくり休養して力を貯えて今後に備えて欲しいと思います。素晴らしい走りを見せてくれて、会員たちやファンの皆さんも心からの拍手を送っていることでしょう。

「きっと良い結果を残してくれます」

アメリカ大リーグはシーズンに入って13~14試合が終わったところです。

イチロー選手が張本勲さんの記録を塗り替えて日本人の通算ヒット数最多記録を更新したことで注目を集めましたが、片や松坂投手や黒田投手が故障者リスト入りするなど日本人大リーガー全体で言うと今一つ盛り上がりに欠けている感じです。

更に今シーズンこそ出足から好調なバッティングを披露してくれるだろうと期待されていたヤンキース松井秀喜選手がスタートで出遅れ、4/21の時点で31打数6安打打点3ホームラン1、打率.194と苦しんでいることもファンにとっては辛いことです。オープン戦では打率はともかく、ホームラン4 本14打点と勝負強さを発揮していましたので、このスタートの低迷は本人も意外だったでしょうし多くのファンも心配していることでしょう。ただ何時もそうなのですが、松井選手によると「打てない打席が続くことは何時でもあることですし、たまたまそれが今年は初めに来ているだけで少しも心配していません」とのことです。確かに素人はシーズンを通して162試合をプレーした経験がないのでどうしても目先の1打席1打席に一喜一憂してしまうものです。またメディアではヒットが出なくなるとピンチだと報じられてしまうのでファンの皆さんはより一層心配してしまうことになってしまいます。

長いシーズンですから少し冷静にゆったりした気分で見てあげる方が良いと私は考えています。ジラルディ監督は「松井選手は大切な選手なので1試合毎にトレーナーに手術した左膝の状態をチェックさせている。無理をさせずにシーズンを通して活躍して貰いたい」との思いで神経質すぎると思われるくらい大事を取っているようです。実際に松井選手自身も「左膝は少し腫れが出ているのですが、去年の経験から云って右膝も同じ様に一時腫れましたが次第に腫れは治まりました。今度も同じパターンを辿ると思いますので特に心配はしていません」と語っています。ですから、今後の活躍を心待ちにしましょう。きっと、彼は結果を出してくれると確信しています。

「マスターズを見て」

ゴルフの祭典という言葉が本当にぴったり当てはまるのがアメリカジョージア州オ―ガスタにあるナショナルゴルフコースで行われるマスターズゴルフトーナメントです。テレビでしか目にしたことはないのですが、ゴルフ場の何処をとっても兎に角美しいのです。フェアウェイもグリーンもこんなに綺麗な色があるのかと思えるほどの鮮やかな緑。バンカーは誘っているかのような純白。季節柄コースのあちらこちらに美しい花々が咲き乱れるということでまるで楽園の中にあるゴルフ場のように見えますが、プレーヤーにとっては油断も隙もないとてつもなく難しいゴルフコースです。一寸したミスがスコアメイクを妨げ失敗した多くのゴルファーをこれまで悲劇の底に落としこんで来ました。栄冠を手中に収めかけながら結局ヒーローになり切れず、涙をのんだゴルファーが果たしてどれだけいたことでしょう。2009年の今年はどんなドラマが展開されるのか開幕前から楽しみにしていた方も多かったと思います。

まず特別招待で参加した石川遼選手のゴルフがオ―ガスタで何処まで通じるのかが日本のファンにとって一番の見所でした。初日のプレーでは前半4オーバーまでスコアを乱しながら後半集中力を取り戻して3バーディーをもぎ取り、1オーバーまでスコアを戻したところに石川遼選手の非凡さが表現されていたと思います。2日目に崩れて予選落ちしましたが将来への可能性は十分に見せてくれました。先輩片山晋呉選手が「遼君は招待ではなく自分で権利を取ってここに来た方が絶対に良い結果に繋がると思う」と語っていましたが、来年以降世界ランキング上位にランクされる成績を収めてマスターズに挑戦して欲しいと思います。

そして何と言っても日本のファンを楽しませてくれたのがベテラン片山晋呉選手の4日間でした。自分の持ち味を生かし、どんなピンチにも動揺せず72ホール集中力が途切れなかったのは見事という他はありません。日本の賞金王5回獲得の片山選手がゴルフについてどれほど蓄積した技術を持っているのかを見せてくれた4日間だったと言っても過言ではないように思えます。片山晋呉選手は国内のトーナメントで試合に集中するあまりギャラリーに反応してくれないときがあるなどと言われたこともありましたが、今回の活躍を糧にしてギャラリーを思いっきり楽しませてくれるプレーを是非お願いしたいものです。何といっても第4位であのタイガー・ウッズ選手やフィル・ミケルソン選手より上位の成績だったのですから日本のギャラリーもこれまで以上の敬意をもって迎えてくれるに違いありません。

もう一つ驚いたのは3人のプレーオフを勝ち抜いて優勝したのがプレーオフの最初の18番ホールで第1打を右の林に打ち込んだアルゼンチンのアンヘル・カブレラ選手だったということです。勿論運もありましたが、あの絶望的な状況から良くパーで収めることができたと感心することしきりです。ゴルフは何が起きるか分からない、最後の最後まで諦めてはいけないということを教えてくれる良き教材だったと思います。

終わったばかりなのに早くも来年のマスターズが待ち遠しいですね。

「祝 桜花賞制覇」

4月12日、朝7時に羽田空港を出発して大阪伊丹空港に降り立ちました。

伊丹空港からはタクシーで阪神競馬場を目指したのですが、60代半ばという感じの運転手さんは元気が良過ぎるというよりは寧ろ粗暴運転で、スピードは出しすぎ、交差点で突然レーンを変えてまだ信号が赤なのに右折するなど、事故を起こしたりしないかハラハラさせられ通しでしたが何とか無事に阪神競馬場に到着できました。「やあ、今日は空いていたから早く着いちゃったよ」と言われても笑えない25分間の移動でした。プロの運転手さんの中にも注意力が散漫だったりどうしても粗暴な運転をしたりする人がいるものですが、事故を起こしてしまえば自分だけでなく他人をも不幸の中に引き込むことになるわけですからくれぐれも安全運転に徹して欲しいものだと思った次第です。

この日阪神競馬場にやって来たのは、実は第69回桜花賞に出走する「ブエナビスタ」号の応援のためでした。圧倒的な一番人気に支持されているブエナビスタ号ですが、彼女のレースパターンはいつもかなり後方にいて最後の直線だけで他馬を抜き去るというやや不器用な走りなので、その分他の馬がどんな作戦で立ち向かってくるのかが注目されました。

出走する18頭がパドックに姿を見せますと、やはりG1の舞台らしく華やかな雰囲気が漂います。春先だと牝馬は発情期に当たり時期的に競走馬として最高の状態に仕上げるのが非常に難しいといわれますが、そこはそれぞれに調教師たちがノウハウを生かしてほぼ万全といえる状態に各馬の状態を引き上げてきています。従って全体にとても見栄えのするパドックになります。

愛馬ブエナビスタ号は454kgと体は大きくありませんがいつもとても落ち着いていてマイペースでパドックを周回します。人間の場合もそうですが試合前に気が入りすぎると大体実力を発揮できないで終わることが多いのですが競走馬も例外ではありません。かつて三冠馬となったシンボリルドルフ号もパドックを歩いているときはのんびりと他の馬など全く眼中に無いといった感じで闊歩していたものです。従って落ち着いている、つまり平常心を保っていられるということは強い競走馬になるための必要条件であると私は思います。

さてパドックから阪神競馬場のレースコースに入ってきたブエナビスタ号は慌てることもなく一度ゴール前で立ち止まりました。そしてスタンドの方角に視線を向け、その様子はまるでこんなに沢山の人が来ているのかと感じて納得してからゆっくりウォームアップのキャンターに移ったかの様でした。

いよいよスタートの瞬間を迎えます。双眼鏡を通して見るブエナビスタ号は何時もと全く変わらない様子です。ざわめきが収まり不思議なほどの静けさの中、スタートが切られました。ブエナビスタ号はいつも通りゆっくりスタートし先ず18頭中16番手でバックストレッチを走り出しました。それが3~4コーナーにかけても依然として後ろから2、3頭目。後の直線コースに入る時は後ろから2頭目。そしてエンジン全開でスピードを上げようとしたとき、前に居た馬と接触しそうになり少し進路を変えざるを得ない状況になりました。そして更に加速しようとしたときには前を行くジェルミナル号レッドディザイア号の進路と重なって追えず、結局前2頭の更に外を通って追い出して先頭に立っていたレッドディザイア号に追いつき交わしたところがゴールという接戦を乗り越えての桜花賞制覇でした。

何度かの不利を乗り越えての勝利にブエナビスタ号の不屈の精神が表現されているように感じました。と同時に、安藤勝己騎手がブエナビスタ号に全幅の信頼を寄せていて、一方ブエナビスタ号も手綱を通してそのことを感じ取って死力を振り絞ったようにも思えます。レースの後安藤勝己騎手と少しだけ言葉を交わすことができました。「いやぁ、本当に強い馬ですよ」との言葉の中に、自分が感じ取っていた以上に能力が有り奥の深さがあるというニュアンスを伝えてくれました。

これほどまでの素晴らしい馬の一口会員になれたのは幸運以外の何物でもないのですが、競馬の発展のためにもより強い馬に成長していってファンを楽しませて欲しいものです。ブエナビスタ号の管理を担当している松田博資調教師や調教助手、厩務員その他関係者の皆様のご苦労にも改めて感謝申し上げます。

「待ちに待った大リーグ開幕」

アメリカ大リーグが開幕し日本人大リーガーのプレーに日本中のファンが注目していることと思います。今朝は巨人から憧れの大リーグ、ボルティモア・オリオールズ入りを果たした上原浩治投手が初登板、松井秀喜選手のいるニューヨーク・ヤンキースと対戦するというのでNHKの中継に時々眼を向けました。結果は7―5でオリオールズが勝ち、5回を失点1で投げ切った先発上原投手が大リーグでの嬉しい初勝利を挙げました。

試合終了後のインタビューで上原投手は「この日のためにこそという思いで頑張って来て本当に良かったです」と満面に笑みを湛えて語っていました。ここ何年もずっと大リーグで投げてみたいという思いを抱き続けていたわけですからその喜びの大きさが想像できます。全盛時に比べて球威が少し落ちていることは否めないので、この先決して楽ではないと思いますが頑張って欲しいものです。

一方珍しく上原投手との対戦を前に「やっつけたいと思います」と語っていた松井秀喜選手は上原投手との3回の対決では何れも難しい球を打たされた感じで今日は5打数ノーヒットに終わりました。一般にバッターというものは上手く打ちこなすよりは打ち損なうことの方が多いので、恐らく松井選手は今頃上手に気持ちを切り替えて明日こそ自分らしいバッティングをと考えていることでしょう。

ヤンキースで気になったのは第一戦のサバシア投手、今日の王建民投手共に打ち込まれてエースらしい働きができていないというところです。今年こそ投手陣の立て直しが優勝への鍵だと思いますので、僅か2試合終わったばかりとは言え少々不安に感じております。いずれにしてもこれからの季節、朝は主にNHKのBSで大リーグ中継のチェックで忙しくなります。尤も、忙しい忙しいと口では言いながら本当はそれを楽しんでいるのですが。

更に今週はマスターズゴルフトーナメントも始まりますので、尚一層慌ただしくなりますね。

「清峰高校の優勝に思う」

第81回選抜高校野球大会は長崎清峰高校が岩手花巻東高校を1-0で破り初優勝しました。

長崎県代表校の甲子園での優勝は春夏を通じて初めてのことですから、清峰高校は勿論長崎県民の皆さんも歓喜の声を上げていることでしょう。実は偶々長崎市市制施行120周年記念式典で講演を依頼され昨日長崎市に行ってきたばかりなのですが、既に清峰高校が準決勝を勝ち決勝進出を決めたということで長崎は選抜大会の話題で既に大変な盛り上がりを見せていました。今夜は県内あちこちで祝杯を挙げる人たちでヒートアップすることでしょう。

長崎県もご多分に漏れず経済状況はかなり落ち込み活気を失いつつあったので、県民に少しでも元気を取り戻してもらうためには良い刺激となる優勝だと思います。清峰高校といっても長崎においてさえ詳しく知っている人は意外に多くないのではないでしょうか。1952年創立の県立高校で、もともとは北松南(ほくしょうみなみ)<長崎県北松浦郡在>という名の高校でしたが、その後現在の清峰と名称を変え3年前にも選抜大会で決勝に進みました。その時は21-0のスコアで横浜に大敗を喫し決勝戦の最多失点を記録して涙を呑みました。従って、その時に受けた大きな心の傷も見事に癒す今回の優勝です。

今回の決勝戦をテレビで見ながら、私は自分がラジオで実況中継を担当した昭和50年の選抜大会決勝戦、神奈川東海大相模対高知高校の試合をふと思い出していました。当時の東海大相模には現在の巨人軍監督原辰徳さんが4番サードで、一方高知には後にヤクルトで活躍する杉村繁選手が中心打者として、それぞれメンバーに名を連ねていました。また、東海大相模は村中秀人投手、高知は山岡利則投手がエースとして君臨する強力チーム同士の対決でお互い一歩も引かず試合は延長戦に突入しましたが、最後は東海大相模の投手陣が踏ん張り切れず高知高校が東海大相模を振り切って優勝した試合でした。

このときの東海大相模には原辰徳選手、後に日本ハムに入った津末英明選手を中心とした強力打線、そして安定感のある頭脳派村中秀人投手を擁していたので甲子園での目標は優勝以外にはないと甲子園で既に優勝経験のあった原貢監督が公言して憚りませんでした。ところがその思いは実らず、試合終了後の総括の中で私は解説担当の松永玲一さん(田淵幸一選手、山本浩二選手などを育てた元法政大学監督で住友金属工業の監督などを歴任した日本アマチュア野球界の最高レベルの指導者)と高校野球において監督が優勝宣言をすることの是非について話をしました。その時松永さんは「高校野球においては謙虚であることが最も肝要である」と述べ、原貢監督の方法論については疑問があると指摘されました。古いタイプの人間である私も松永さんの見解に同調したことを思い出していました。

今回の優勝チーム清峰高校の今村投手は早い段階から優勝を意識した発言をしていたので、当時のことを思い出しながら私自身そのことに思いが傾くのはどうかと心配していたのですがそれも杞憂に終わったようですね。おそらく今の球児たちは目標を口に出すことによって自分の意識にその思いを刻みつけ、そして集中力を高めて試合に向かっていくことができるようです。いや寧ろ公言することによって、自分の意識や体が縛られたりせずに意外に伸びやかにプレーができるものなのかなと思えてきました。勿論そうなるためには誰にも負けない練習量をこなしてきたという心の裏付けがあるからに違いないと思いますが。

「春の訪れとスポーツ」

桜の開花が発表されて1週間近くなるのに気温が上がらず、桜の蕾も開きたいのに開けずに当惑しているように感じられます。その分少しは長く桜の季節を楽しめるのかなと考えたりしていますが、この時期花冷えという言葉に象徴されるように気温が上がらず寒いと感じる日々があるものなのです。昔スポーツアナウンサーだった頃、プロ野球が開幕するとナイトゲームの取材や放送を担当していましたがこの時期でも本当にしんしんと冷え込む日が有りました。気候というのは何時も順調に温かくなったり寒くなったりするのではなくて、行きつ戻りつして変化していくものだと実感しますね。

さて大阪の春は大相撲春場所と選抜高校野球からと言われますが、今年の春場所は白鵬の独走全勝優勝に終わったものの、横綱朝青龍4敗、大関日馬富士と同じく琴欧州が5敗では盛り上がりようもなく白鵬独り無人の境地を往く状況となってしまい今後の盛り上がりが不安に感じられます。

選抜高校野球は改修なった甲子園で行われていてこちらはそれなりに観客が入り今日は準々決勝後半の2試合が行われます。私の故郷長崎県代表の清峰高校は昨日の第2試合で簑島高校と対戦し見事勝利を収め準決勝進出を決めました。

古い話ばかりして恐縮ですが、昔は高校野球で一番面白いのは準々決勝の日だと言われていました。何故なら当時準々決勝は一日で4試合を行っていたからです。この4試合を見ればその年の大会の全体像が大体把握できるからだということなのです。朝8時から始まって4試合を見終えると夜7、8時になりますが、多少疲れを感じながらも何か不思議な充実感を抱けたものでした。ところが現在は4試合を2日で行うようになりましたのでこれも今は昔の話になってしまいました。

今週末からプロ野球も開幕し、球春という言葉がぴったりの季節になります。WBCを終えて帰国した加藤コミッショナーが語っていたことで注目すべきことがありました。それは、特にピッチャー陣が日本のプロ野球の使用球と異なるWBCの使用球に慣れるのに大変苦労していたことに鑑み、日本のプロ野球も国際球に統一した方が良いのではないかという意見です。私は素直に同調してしまいました。勿論ボールメーカーとの関係をどう調和させていくのかなど現実的には難しい問題がさまざまあることと思いますが、選手の立場で考えれば統一球でやるのが本来あるべき姿ではないかと感じます。恐らく加藤コミッショナーの提言は即座に取り上げられることはないのでしょうが、一考を要する問題であることは確かだと思います。

「WBCは無事閉幕しましたが」

第2回WBCは延長戦にもつれ込む大接戦の末イチロー選手の決勝タイムリーで韓国を降して日本が優勝、大会2連覇を飾りました。もともと長くスポーツアナウンサーとして放送の世界に携わっていましたのでなるべく客観的に相対する双方のチームを見る習慣が身についています。そのため今回の決勝戦についても日本と韓国の総合的な戦力という視点から冷静に試合の展開を予想していました。

投手力に関しては岩隈投手の安定したピッチングが光っており大崩れはまず考えられないのでこの面では日本がやや優勢と感じ、攻撃力では韓国も素晴らしい打者を揃えていますが日本は打線全体に繋がりが出てきているのでここではほぼ互角に見えました。ですから、後は団結力で勝っていることが重要な要素だと思いました。それまでの戦いではここ一番の勝負強さでは韓国が上回っていたことは否めない事実でしたから、その点も考慮に入れますと正直どちらが勝つと思うかと問われても答えに窮したのは間違いありません。

決勝戦が始まって、予想通り岩隈投手のピッチングは冴えていました。展開から言うと日本はもっと上手く得点を積み重ねていけたはずですが、韓国の踏ん張りも素晴らしく1点を争う大接戦になりました。3-2で9回裏の韓国の攻撃で抑えに回ったダルビッシュ投手が1アウトを取った時にはこのまま逃げ切れると思ったのですが、優勝への道は思うほど近くはありませんでした。韓国は同点に追いつきます。得てしてこのような流れで追いつかれてしまうと追いついた側が有利になりそうなものですが、そのようにはさせなかった今大会の日本チームは精神力も含めて相当な強さを持っていたと思います。

追いつかれた直後にチャンスを作ってイチロー選手のタイムリーヒットで突き放したのですから正しく実力の有るチームの戦いぶりでした。大会に入る前は私自身日本の2連覇は各国チームの力の入れ具合を見るとちょっと難しいのではないだろうかと考えていました。しかし今大会の日本は第1ラウンド、第2ラウンド準決勝、決勝と進んでいく中で誰かが不振の時は他の選手がそれをカバーし、全体にチームとしての見事な繋がりや連帯が出来上がっていて、試合を体験するたびにより素晴らしいチームへとレベルアップしていったように見えました。振り返ってみると誰か一人が傑出して活躍したというのではなく全員がとてもバランスの取れた形で勝利に貢献したように感じられ、全ての野球ファンに野球の素晴らしさを再認識させてくれたように思います。

日本はこれでWBCでは2回連続のチャンピオンになり本当に嬉しいことですが、若干まだ複雑な思いも残ります。というのは、野球の本場アメリカが今回の大会にもベストメンバーを注ぎ込んでこなかったからです。アメリカにはもともとメジャーリーグこそが世界最高水準の野球の舞台で、ワールドシリーズがその頂点を決するものという思いが底辺にあるのでしょうし、ペナントレース開始直前ということもありMLBの殆どの球団も選手の故障やそれに伴うチーム力の低下を恐れるが故に主力選手を出したがらないという切実な状況があります。ですからアメリカを本気にさせるのはなかなか難しいところです。WBC次の大会は4年後ということです。日本や韓国をはじめ他の出場国がアメリカ代表チームを完膚なきまでに圧倒して敗退させれば少しはアメリカも本気モードになるのでしょうが、それにはまだまだ時間がかかりそうですね。

「いよいよ決勝」

WBCはついに準決勝に入り日本が堂々とアメリカを降して決勝進出を果たしました。

ここまでの戦いはやはり何といっても投手陣の頑張りが素晴らしいと言えますね。松坂投手、ダルビッシュ投手、岩隈投手の三本柱が非常に安定していてやるべきことをきちんとやっているのでどの試合も安定した試合運びが出来ている、つまり野球は投手陣がしっかりしていればどんな強敵にも伍して行けるものだということを示しているのです。

加えて中継ぎ、抑えもここまではとても良い働きをしたと言って良いでしょう。この大会が始まった時馬原投手、藤川投手の抑えの切り札には不安があると以前に言いましたが、第2ラウンドまでは問題なく運んで来ました。強いて言えば、今日のアメリカ戦では馬原投手に少々危ないと思わせる場面が覗きました。でも怪我をするほどのこともなく終わって本当に良かったと思います。いよいよあすの決勝は韓国戦です。今大会これまで2勝2敗で雌雄を決する戦いとなりました。実力はほとんど互角と思える両チーム、まずは先発投手の出来が鍵を握ることになるでしょう。緊張感に満ちた試合、つまりに接戦になると思われるので、最後はここ一番での気持の強さが勝った方、そしてミスをしなかった方に栄冠は輝くのでしょう。

歴史に残る好試合を期待しましょう。

「WBC第2ラウンド 日本VS韓国」

WBC第2ラウンド準決勝進出を懸けた日本対韓国は4―1で韓国が勝ち一足先に準決勝進出を決めました。

ここ一番での勝負強さでは韓国が日本を上回ったという感じの今日の試合でした。日本の先発ダルビッシュ投手に対し韓国はその立ち上がりを攻めることこそ今日の勝負の分岐点と見たのでしょう。トップバッターの李容圭選手がレフト前ヒットで出塁すると2番鄭根宇選手の初球に盗塁を決め、その後内野安打で無死1、3塁。3番金賢洙選手の2塁ゴロの間に李選手がホームに還り1点を先制。その後6番の李晋映選手にレフト前タイムリーが出て併せて3点を挙げました。韓国の戦略が見事に功を奏したという形の1回裏の攻めでした。準決勝進出をかけるという緊張感の中で高度の集中力を要求されるこの場面で韓国はやるべきことをやり通したように思えます。

一方日本の守りで言えば少し精神的に追い込まれ、完全に受け身に回っていたように感じられました。相手に押されている時こそ相手を見下ろすくらいの気持ちで、考えられる全ての状況に対処してみせるぞという腹構えが有ると良かったのに、などと勝手な思いが巡ってしまいます。このような試合では先取点こそ大事だと言っていた原監督。その認識は全く正しいのですがその気持ちの強さの余り、先制点を奪われて少しだけ冷静さが薄れてしまったのでしょうか。

実力では全く遜色ない日本ですが、気持の上のぎりぎりのせめぎ合いになると韓国が少しだけ先を行ってしまうようですね。負けたことは大変残念ですがこうなったら明日のキューバ戦に全身全霊をぶつけて流石侍ジャパンだと言われるような試合をして欲しいものです。

「WBC第2ラウンド開幕」

WBC第2ラウンドが始まりました。今朝は早くから起きてテレビ観戦し応援された方も多かったことでしょうが、日本が強敵キューバを6-0で破ったのですから言うことはありませんね。

日本としては第一に投手陣の踏ん張りが見事だったと思います。先発松坂はルール上の問題で大リーグとの練習試合に登板できずキューバ戦がアメリカでの試合としてはぶっつけ登板となり心配されましたが、立ち上がりのピンチを切り抜けてからは球の切れ、コントロール共に素晴らしく大リーグエース級のピッチャーの力を十分に見せてくれました。二人目の岩隈も馬原、藤川も全く危な気の無いピッチングでキューバに付け入る隙を与えませんでした。勿論日本に先制点を取られさらに追加得点を許してしまったため、キューバ打線が焦って悪球に手を出し、さらに力で圧倒しようと力んでバットを振り回すだけだったということが幸いしたという面があったことも否定できません。

一方打線はしっかり投球を捉えてセンター方向に打ち返す気持ちが非常に良く表現されていてそれが6点に繋がったのだと思います。アジアラウンドの最初の韓国戦の時もそうでしたが日本は自分たちの攻めのパターンに入ったときにはかなり得点能力のあるチームだと言えると思います。問題は1点を争う接戦になったときにも同じ攻めができるかどうかでしょう。恐らく次は明後日の韓国戦(正確には韓国対メキシコの勝者)になるでしょうがその辺りが見ものですね。この大会は敗者復活があるので一度だけのミスは許されますがそれがどんな形で全体に影響を与えるのかが見えません。アメリカも初戦で躓きました。第2ラウンドの戦いもう少し注意深く様子を見る必要がありそうです。

「WBC第2ラウンドに向けて」

WBCアジアラウンドが終わりました。日本は韓国に次いで第2位で第2ラウンドへの進出を決めましたが、戦いの中で日本の強さと弱さが比較的はっきりしてきたような気がします。

7日の韓国戦では北京オリンピックで抑え込まれたキム・グアン・ヒョン投手を如何に打ち崩すかが日本の最大の課題でした。彼は自分の最高の武器であるスライダーに日本が焦点を絞り徹底研究をしていることも知っていましたが、それでもかなり強い意識で日本を抑え込もうと意気込んでいました。ただ、そのスライダーの制球力が思い通りにならずにボールになる確率が高くなっていて困っていると本人が試合前に漏らしており、日本を抑えなくてはという意気込みと制球に苦しんでいるという現実の狭間で、実際は不安を持ったままマウンドに上がったということです。

一方研究十分の日本は、狙い球を絞りストライクゾーンに来る球は積極的に打っていく思いでそれぞれ打席に入っていきました。イチロー選手が先ずお手本のようなヒットを打つと、キム投手の呪縛が解けたかのように中島、青木両選手がセンター前に打ち返す3連打で先制点を挙げ、更に2死1、2塁からこの日6番に初スタメン起用の内川選手がキム投手のスライダーを見事にレフト線に2塁打を放って3点を挙げました。特にこの内川選手の2塁打が大きかったのは、キム投手攻略のために内川選手の起用を決断した原監督にとって、彼が期待に見事に応えてくれたお陰で指揮官としての自分の考えに間違いがないと確信を抱かせるもので、ベンチのムードを盛り上げる最高の材料となったからです。

一方のキム・グアン・ヒョン投手は、絶対に抑えようという気持ちが空回りして、その中で連打を浴びて冷静さを失ったのが結果的にノックアウトに繋がりました。14-2というスコアは、流れが一方的になった時には実力差以上にスコアが開くことがあるという典型的なケースだったと思います。それが証拠に9日の順位決定戦では今度は日本が力を十分に発揮できないまま0-1で敗れてしまいました。

本当はこの順位決定戦こそ勝たなくてはならない試合でしたが、またまた肝心な時の勝負弱さを見せてしまいました。2連勝しておけば今度は韓国側が日本の力を認めざるを得ず、色々な場面で必要以上に日本の動きに神経質にならざるを得なかったのですが、1勝1敗になったことで、否むしろ改めて順位決定戦で勝ったことで、韓国側から見ればやはり自分たちの方が一枚上であるという自信にも繋がったような気がします。

さて、第2ラウンドに向けて私が気になっているのは以前にも触れましたが日本の抑え投手陣とクローザーです。馬原投手、藤川投手については今のところは火だるまになったりしてはいませんが球威、コントロール、外国人選手に有効な大きく落ちるフォークボールなど、いつもに比べいささか心配です。第2ラウンド以降試合の密度が濃い試合になればなるほど絶対の切り札を持っているか否かが勝敗を分けるような気がしてなりません。もう一点は原監督の采配です。大リーガーにも遠慮などせず、大胆に思い切り良く指揮を執って欲しいと思います。2連覇を期待はしていますが、それがどれくらい難しいかは野球ファンならよく知っていますから。

「WBCついに開幕」

WBC開幕戦日本対中国の試合をテレビで観戦しました。スコアの上では4対0で危な気無く全日本が勝ちましたが、幾つか課題も残した試合だったと思います。先発ダルビッシュの気合いの篭ったピッチングが後に続く投手にも気持の繋がりを生んで投手陣に関してはまずまずの評価ができる試合だと言えるでしょう。

ただ、中国の打線にまだ厚み、破壊力といったものがありませんでしたので、投手陣の粗が目立たなかったという見方もできそうです。抑えの馬原、藤川に関して言うと球威は勿論細かいコントロールについてはとても十分とは言えないものでした。相手が韓国のように切れ目のない打線で何を仕掛けてくるか分かりにくいバッターと対したときには何といっても針の穴を通すぐらいのコントロールが有るか無いかが勝敗を分ける重要な要素になるからです。その意味では抑えの布陣は本当に大丈夫かなと少し気になる点がありました。

攻撃に関しては多くのチャンスが有りながら、4点しか取れなかったので反省点は多々ありそうです。2回裏小笠原のヒットと福留の四球で無死1、2塁のチャンスに城島に強攻させて2塁ゴロ併殺で結果的に無得点に終わりましたが、あのケースはどんなに格下の相手でも先ずランナーを2、3塁に進めて先制点を目指すべきだと感じました。何故なら次の打者はどのような要求にも応えられる岩村選手だったからです。

それにしても大打者イチローのスランプは今のところ出口が見えませんね。ヒットを打つことにかけては世界一の技術を持つイチロー選手にもこういうことがあるのだなと不思議な感じがします。やっぱり切り込み隊長が打ってくれれば他の選手の意気も上がるはずですが、イチロー選手はどうしたんだろうと皆が何処かで心配しながらプレーを続けているような気がしてなりません。大打者は必ず立ち直るはずですから他の選手たちはそのことは気にせず自分のプレーに集中して欲しいものです。

ところで3年前に比べて対戦相手の中国が急激に力をつけてきていることがよく分かる試合でもありました。3年前は問題にならない大敗を喫した日本に、まだまだ勝てるところまでは来ていませんが良く食い下がっていたと思います。国が力を入れ、いろいろと措置を講じれば競技人口が圧倒的に多い分良い選手が育ってくるはずで、3年後はもっともっと力をつけてくるでしょうし侮れないチームになってくるでしょう。さあいよいよ明日は宿敵韓国戦です。全日本がどんな戦いを見せるか楽しみです。テレビの視聴率も昨日の中国戦は関東28.2%関西31.1%と高いものでした。明日の試合は更にすごい数字を出すのでしょうね。

「WBC開幕を目前にして」

球春の訪れを待つ野球ファンにとってプロ野球のオープン戦が始まりペナントレースに入っていくこの時期は堪らなく楽しいものです。一つには自分の応援するチームや期待する選手はどう変わって来ているのか期待感に胸を膨らませることができる時期だからでしょう。

今年はそれよりも第2回WBC(ワールドべースボールクラシック)が始まるため全日本がどのようなチーム編成でどのような戦いをするのかにも強い関心が寄せられ、宮崎合宿の時から連日4万人を超えるファンが詰めかけて周辺道路は長時間の渋滞が続いたほどでした。前回の優勝チームですから今回も勝って欲しいとファンが願うのは当然ですがスポーツの予測はただ期待感だけで見るよりも、少しクールに全体を客観的に見るように努めた方がより楽しくなるものだと私は思っています。

WBCの第1回では日本が優勝しましたが、他のどのチームも圧倒して優勝したというイメージではなく、実際に韓国戦では2回負けたものの諸々の条件も味方して優勝へ至ったという側面もありました。振り返ると、予選の段階では日本国内でもそんなに強い盛り上がりがあったわけではなかったのですが、本選のアメリカ戦でのデヴィッドソン球審による明らかな誤審を契機に、国内のファンもそれは見過ごすことができないと憤りを感じて注目し始めたこと、それに呼応するように全日本の選手たちが気持を一つにして戦い始めたことが結果的に優勝に繋がった経緯を思い出します。

前回日本が優勝したことにより、韓国は更に強いライバル意識を燃やしていますし、本家アメリカ、キューバ、ドミニカなども日本には負けられないという思いで、そして実力では自分たちの方が上だという意識で新たなチーム編成をしてきていますので、前回より日本以外のチームの総合力は確実に上がっています。ですから、アジア予選から気の抜けない戦いが続くことになるでしょう。

全日本は強化試合でオーストラリア、西武、巨人と戦ってきましたが、いま一つチームとしての盛り上がりが十分とは言えない感じがします。全体的に選手たちがのびのびやっているなというように見えないのが気掛かりですね。日本最強のメンバーを揃えたのですからもっと自信を持ってプレーして欲しいものです。イチロー選手が今不調のどん底にいますが8年連続200本以上のヒットを打ち続けてきた人ですから自己修正を経て本番に臨むことと思います。そして他の選手はイチロー選手のことは気にせずに自分の力を出し切ることに専心して欲しいものです。5日からの戦いは比較的安心して戦える中国戦からですから慌てる必要もないと思います。本番で各選手が調子を上げて先ずはファンを安心させる試合を見せてもらいたいものですね。

「悠揚迫らず ~トップアスリートの姿勢に学ぶ~」

先日、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手と久し振りにお会いしてゆっくりお話をすることができました。

一番気掛かりだった左膝の手術のその後ですが、「状態はとても良いですよ。今はランニングもできていますからね、去年に比べて安心してキャンプに臨めると思います」と元気に充ち満ちた声で今の状況を説明してくれました。あの左手首を骨折してピンチに追い込まれたときでも辛そうな表情は一度も見せたことはありませんでした。私が何時も松井選手を見ていて感心するのは「人間万事塞翁が馬」とその時に自分が取れる最善の対応策で事に臨む姿勢を貫き通すところであり、決して笑顔を忘れず正に悠揚迫らずという感じで他人と接するところです。そこに彼の人間としての器の大きさを感じるばかりです。

今年はヤンキースとの契約の最終年に当たりますので仮に満足の行く結果が出せなければトレードに出される可能性は極めて大きいと思われます。そんなことは周りに指摘されるまでもなく松井選手自身が最も強く認識しているところで、優しい瞳の奥にメラメラと燃え立つ闘志を感じたのは私だけではない筈です。「去年は前半で打撃の大きなポイントをまた一つ掴んだように感じましたが、いかがですか」と聞きますと、すかさず松井選手が「そう、軽打と強打の兼ね合いの感覚が難しいけど少し分かってきたと思います。昨年一時は首位打者だったんですからね」と具体的な答えが返って来ました。従って今シーズンはフルに働けたら絶対に素晴らしい結果がついてくると思います。

そしてそれから数日後、京都で開かれた「ブエナビスタ号の阪神ジュベナイルフィリーズ優勝祝賀会」に出席して、ブエナビスタ号を優勝に導いた安藤勝己騎手と同席することができ、騎手という仕事について色々お話を伺いました。彼は言いました。「騎手は余り神経質であっては務まりません。すこし図太いくらいの方がいいんです。勿論細かい計算がぱっとできて今行くべきかもう少し待つべきかを瞬間的に決断できなければだめなんですがね。そういう点から見ると、三浦皇成君は大きな存在に成長できる可能性を持っていると思います。ただ思い通りに行かなくなったときにそれをどう乗り越えて飛躍できるか、そこが本当の正念場になりますね。だから今後の成長に今まだ太鼓判を押すわけにはいきません」と。安藤騎手は何時も何が起きようとも慌てず騒がずそれにどう巧く対応するかを第一に考えて動くタイプです。筋トレがブームになっているからすぐそれに飛びついたりせず、自分が取ってきた方法論をきちんとチェックして矯正すべきは矯正し守るべきところはしっかり守っていくというスタンスを大事にしています。

精神的な意味では現状を正しく認識し悠揚迫らぬ姿勢を堅持するという点で松井秀喜選手ととても大きな共通点があることに気がつきました。お二人の今年の大活躍を願わずにはいられません。

「愛すべき人間 青木功さん」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2008年12月27日 16:32
  • スポーツ

12月18日、帝国ホテルでプロゴルファー「青木功さんの紫綬褒章受章を祝う会」に出席しました。

今から35年前の日本オープンで青木さんはフィリピンのベン・アルダ選手と激しい優勝争いを展開。残念ながらこの時はベン・アルダに栄冠を奪われましたが私はラウンドリポーターとして青木選手のプレー振りを逐一報告しておりまして、それが青木さんとの初めての出会いでした。以後日本オープン、関東オープンの中継放送の度にじっくりお話を伺うことができ、知らず知らずのうちに私は青木さんのファンになっていきました。2歳年上の青木さんも私のことを「草(くさ)ちゃん、草(くさ)ちゃん」と呼んで大変優しく扱ってくれたものです。ですからまだ放送の無い予選ラウンドのときなど、青木さんをマークして歩いている私を青木さんが目敏く見つけ、「草ちゃん、俺お腹空いちゃったよ。あんパンが食べたいんだけど」と言うので、近くの売店であんパンを買ってきて届けると、美味しそうにそれを頬張ってプレーを続けていたこともありました。スコアがその後アップした時には私も「青木さん、私の買ってきたあんパンが良かったんですよね」と声をかけて「草ちゃん、ありがとう」の言葉を強要したものです。その後、全米オープンにも2度一緒に行きましたし、「青木功のベストゴルフ」というビデオの作成もお手伝いをさせて頂きました。

青木さんはとても私を可愛がってくれました。その後私はNHKを去りスポーツ放送の現場から離れてしまいました。そして青木さんはアメリカで活躍を始めどんどん大きな存在になっていきました。昔のような密度でのお付き合いはできなくなりましたが、久し振りに会ったときにも青木さんは以前と少しも変わらず「おー、草ちゃん元気かい」と声をかけてくれるのです。

チエ夫人との息がぴったり合っていて、共に人生を歩むようになって青木さんは人間として本当に誰からも尊敬される素晴らしいゴルファーになったのです。全米ゴルフ協会の殿堂入りも当然のことですし、世界中のゴルファーからこんなに敬愛される人はそうはいない筈です。その意味で紫綬褒章受章は当然のことです。私の眼には壇上でチエ夫人と微笑んでいる青木さんの顔がとても神々しく見えました。青木さんのように年齢を重ねられたらどんなにか素晴らしいのになあと思いましたが、そうは中々巧くは行かないわけで現実の厳しさを思い知らされる今日この頃です。

「名将 渡辺久信監督」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2008年11月11日 14:20
  • スポーツ

今年の日本シリーズは第7戦までもつれましたが、結局埼玉西武ライオンズが読売ジャイアンツを降し13回目の日本一の座につきました。私自身第2戦を東京ドームで観戦しましたし、他の試合の生中継も運良くテレビで見ることができたのです。往年の日本シリーズを数多く見てきた立場からすると選手たちはやや小粒な感じに映りましたが、全体に見所が多く面白い日本シリーズだったと思います。それが証拠にテレビの視聴率も第7戦では28.2%を記録しました。

今回は特に西武渡辺久信監督の一挙手一投足をじっくりと観察しながら、その采配に注目して全試合を見ていきました。印象としては、新人監督とは思えないほどどっしりとした落着きを感じさせるもので、仮に失敗があったとしても表情の中に一切感情の動きや動揺の影すら見せず、もともとイケメン投手と言われていた人だけに、表情の中にとてもきりりとした凛々しさを湛えていて信頼できる監督だという印象を持ちました。

特に、投手出身の人だからとも言えますが一人一人の投手に対する扱いは見事なものがありました。その時その時の投手の心理状況が全部理解できているだけにどの投手も次の試合へのモチベーションを落とすことがないように愛情ある配慮が為されていました。ですから、例えリードされていても、試合で負けても、じめじめせずカラッとしていてベンチの中の結束力が強いのだなということをつくづく感じさせられたものです。

最終戦の投手起用も日本シリーズで勝利を経験していないベテラン西口の闘志に火をつけて先発に起用。2点を取られたものの、後を受け継いだ石井一久そして涌井が監督の思いに応える熱投で試合の流れを引き寄せ、逆転勝利に繋げました。監督としてのこのような素晴らしい才覚はどの様にして育まれてきたのか、私としては是非本人に会って直接お話を聞いてみたいなと思っていたところ、昨日の日刊スポーツに渡辺監督が手記を寄せているのを発見。読んでみてその理由が分かりました。

その手記によりますと、選手として西武を自由契約になった後、誘ってくれた数球団の中から最も条件の良くなかったヤクルトを選んだそうです。それは当時監督だった人間野村克也に魅かれたからとのこと。彼から野球についての考え方を学び、後に台湾に移ってからの3年間で思い通りにできない選手の気持ちがわかるようになって、教える引き出しが増えたとのことです。この辺りが監督としての立派な基礎になっているようですね。

さらに、他人と同じことだけはやりたくないと感じ、他人が1、2歩踏み出すのなら自分は5、6歩踏み出して新しい監督像を創ろうと努めてきたということです。チーム内で問題が起きたら全部自分が責任を持つ。その代わり変な妥協だけは絶対にしない。例え首を切られることがあっても自分が目指したことはきちんとやり抜くことをモットーにしてきたそうです。

そういう考えで渡辺監督が自らの仕事に打ち込んでいるからでしょう、その眼は鋭いけれど優しさも感じさせるとても素敵な眼だと思います。台湾での経験も有り、本人は辞退しましたが本当はWBCの監督もできる人だと私は考えています。

「分かりやすいルールを」

  • Posted by: 草野 仁
  • 2008年10月30日 16:24
  • スポーツ

つい先日まで、来年行われる第2回WBCの日本代表チームの監督を誰にするのか世間の注目が集り、結局原辰徳巨人軍監督に決定しましたがそれまでの紆余曲折ぶりは誰の目にも奇異に映ったことだと思います。

そもそもNPBの側から星野仙一氏にオリンピックの後はWBCもよろしくという御託宣が有り、星野氏自身も北京から帰ったあとには乗り気の発言をしていたと伝えられたことから星野氏が再び指揮を執ることは規定路線だったのではと反感を呼んでしまったことが問題の端緒です。そこから事態は奇想天外な展開を見せましたがそれには相当の理由がありました。

それは偏に星野氏の対応だったと思います。北京オリンピックの前まで星野氏は「北京では金メダル以外は要らない」と大見栄を切り、そのために外国チームの取材や視察などに相当量の資金と人員を費やし周到な準備を行いました。ですから多くのファンが素晴らしい戦いをしてくれるだろうと期待したのは当然のことです。勿論どのチームも優勝を目指しメダルに拘って戦うので、例え結果が金メダルを獲得できなかったとしてもファンは納得してくれたはずでした。

しかし、以前にもこの欄で触れたように実際は数多くの点で戦略や戦術に見るべきものがなく、同じような失敗を重ねたことにファンのフラストレーションは極度に高まっていきました。従って、帰国してからの星野氏がファンの胸中を察して素直に「自分の判断ミスがこのような結果を生んでしまいました。反省点ばかり残してしまい期待して下さったファンの皆さんに本当に心からお詫びします。もう一度勉強し直します」などというようなコメントを出していれば寛容な日本のファンはそれを受け入れてくれたと思います。

ところがそうではなく「ストライクゾーンが日本とは違う」とか「午前中に試合を行うことに慣れていなかった」などと理由にもならないことを挙げて言い訳をしたことが逆にファンの怒りに火をつけてしまったのだと思います。「星野仙一という男は男の中の男ではなかったのか」という思いでそうした発言を聞いていた人も多かったのではないでしょうか。更には自身のブログで「俺を叩けば週刊誌も新聞も売れるらしい。日本はいつからいじめ国家になったのか」と書いたことも、やはり潔さの無い人なのだと世間の人たちに思わせてしまったのだと思います。男らしさ、つまり潔さや謙虚さを最も持っていると思われていた人が実際は全くそうではなかったと感じたときに、星野仙一熱が冷めてしまったということでしょう。

ここが総ての出発点になっているので、WBC監督へ星野氏をという報道が出てきたときにそれはおかしいだろうというリアクションが起きたのだと思います。また、楽天イーグルスの野村克也監督やイチロー選手の星野氏WBC監督就任報道に対する異議は世論を無視して事を進めようとするNPBの動きにブレーキを掛けることに繋がりましたが、先ずファンの気持ちを忖度できないようではこの先どうなることやらと心配になってきます。

監督決定までにはさまざま複雑な動きがありましたが、「前年の日本一チームの監督が就任する」といった形でルールをあらかじめ作っておけばこれほどまでに大きな問題になるはずがなかったのです。今後同種の混乱を引き起こさないためにも今のうちに一定の判り易い基準を設けておくべきです。

考えてみるとオリンピック代表を決めるのに毎回紛糾するマラソンや柔道もそうですが、例えばアメリカのようにオリンピック最終選考会を開きそこで勝った人が代表になるという簡単なシステムを決めておけば、混乱も回避できるでしょうし世間も納得してくれると思うのですがいかがでしょうか。

「北京オリンピックを振り返って7 更なる発展を願って」

北京オリンピックで日本が獲得した金メダルは全部で9個。前回のアテネでは柔道だけで8個の金メダルを取りましたが、今回はその柔道も金メダルの量産は難しいと言うのが一般的な見方でしたので(結果は内柴選手、石井選手、谷本選手、上野選手が優勝して4個の金メダル)、全体としてまずまず日本選手団は健闘したといって良いと思うのです。

嬉しい誤算と言っても良い競技での日本選手の活躍も目立ちました。男子フェンシングフルーレ銀メダルの太田雄貴選手の活躍(実は、サーブルでは中国の仲満選手が金メダルを獲得しているので欧米勢は東洋の剣士にやられっ放しでした。)。体操男子個人総合銀メダルの内村航平選手は、ナショナルトレー二ングセンターでの記者会見では超強気発言を繰り返していたので初出場の選手がこんなに自信満々で良いのだろうかと心配したのですが、その自信はある種の確信だったのですねと思わせるほどの大活躍。女子バドミントンダブルスの末綱聡子、前田美順組は3位決定戦で敗れたものの、3回戦で世界ナンバーワンペアを破る大殊勲。「オグシオ」に圧倒的に傾注していたマスコミ陣にもっと競技そのものを見る目を持って下さいと注意を喚起するかのような奮闘振りでした。そして女子カヌーではメダルには手は届かなかったものの4位入賞で、今後に大きな期待を抱かせる胎動が始まっているようです。

ナショナルトレー二ングセンターが創設されたことは組織的な練習が可能になって一歩前進ですが、10年20年先を見据えた全体構想ががっちりと出来上がっているようではないのでまだまだ危なっかしいところが一杯です。体協も政治家というよりはスポーツに本当の理解と識見のある人を迎えて協力を仰ぐ必要があるのではと思います。日本のスポーツをどんな方向に目標を定めて進ませるのか、市民スポーツをどう育てて行くのか、はっきりとした展望を持っている人を中心に更なる躍進、発展を期待せずにはいられません。

「北京オリンピックを振り返って6 精神的なレベルアップが金メダルを掴む」

今回の北京オリンピックで日本選手団に関して特徴的だったのは、金メダルに輝いた人たちがアテネに続いて2連覇を飾ったケースが多かったということです。中でも、水泳男子100m、200m平泳ぎで共にアテネに続く2種目制覇の偉業達成の北島康介選手は4年間に人間がどのように成長していくのかを私たちに教えてくれる良き実例だと思います。

アテネで金メダルを取ったとき、インタビューに答えた喜びの声は、「超、気持ち良い」というものでした。それに対して、今回最初の100m平泳ぎで勝利を収めたときはマイクを向けられてもしばし沈黙があり、そして喜びの涙をタオルでゆっくり拭い一呼吸あって、「本当に嬉しいです」と言葉を繋ぎました。

アテネの時は勿論勝つだけの力も持っていましたが、本当の勝負の怖さまではまだ知らない若さのエネルギーが他の選手を圧倒したという印象もあったのです。それだけに、自分の気持ちだけを、ストレートに表現した言葉が「超、気持ち良い」というものだったと思います。

ところが今回のインタビューに対する答えにはこの4年間に体験した苦悩、辛さを反芻しながら自分自身の頑張り、苦境を越えてきた実感、そして自分を支えてくれた周囲への感謝、共に闘った他の選手たちへの気配りなど色々な要素が含まれていて、私には、とても好感の持てるインタビューでした。

アテネで頂点に立った後、もう一つはっきりとした目標設定ができないまま練習だけは続けるものの、調子を崩し焦れば焦るほど体も言うことを聞かなくなり、最大のライバルであるブレンダン・ハンセンに勝てなくなりもう駄目かもしれない、やめた方が良いのだろうか、という思いを持つほどまでになったそうです。でもそのポイントからの反発力が普通の人とは違うのですね。

名コーチ平井伯昌さんが北島選手のアスリート魂を刺激します。「北島の平泳ぎを完成させようよ」、自分を間違いのない方法論で導いてくれた平井コーチのその言葉にいつの間にか
北島選手は乗ってしまったようで、50mごとのストローク数をできる限り少なくしてエネルギーの消耗を減らし、大きな伸びやかな理想の泳ぎで距離の短い100mでも泳ぎ切ってレースに勝つこと、そこを目標に二人の鍛錬が始まりました。100mでは誰しも気持ちが急くのでストローク数が増え、腕の回転も速くなりがちですが、そこを慌てず大きな泳ぎでストローク数を減らして泳ぐには勇気が必要ですが、この子弟はその命題に取り組み、これこそ理想の泳ぎだという確信を持って北京に乗り込んできていたのでした。100mの予選を見た時ときにこれは北島の勝利間違いなしと確信しました。他の選手たちとは次元の違う泳ぎをしているということが見て取れたのです。

200mの決勝はさらに凄いものでした。スタートした時から、独りだけ大きなストロークで自分の平泳ぎはこういうものだということをアピールするように伸びやかな泳ぎを続け、他の選手との差をじりじりと広げていきました。北島選手の視界には他の選手は一切入ってこない感じで、独り無人の境地を行くというレースに見えました。他の選手たちは北島以外の選手たちと争うしかないというものでした。4年間のうちに圧倒的に他の選手たちとは違う領域にまでレベルアップを成し遂げた北島選手そして彼を支えた平井コーチ二人の努力に心からの拍手を送りました。

北島選手以外にも、柔道の内芝選手、谷本選手、上野選手、女子レスリングの吉田選手、伊調馨選手、がアテネと北京の2連覇を成し遂げました。皆北島選手と同じように挫折、怪我、精神的な悩みなどを乗り越えての2連覇で、それらは技術だけではなく人間としてのレベルアップがなければ辿り着けないゴールだったわけです。重厚味溢れる金メダリストが沢山誕生したオリンピックでした。

「北京オリンピックを振り返って5 勝敗を決める戦略」

北京オリンピックで期待に応えられなかった種目の一つが野球でした。

星野監督は監督就任会見で「金メダルしか要らない」と述べて国民の期待感を煽ったのですから、例え簡単に金メダルを取れるとは思わなかったとしても、実際には金メダルに近付く闘いをしてくれるに違いないと考えた人が多かったのは無理からぬところでしよう。

日本チームの準備は念入りだったと聞いていました。外国チームの取材、情報収集には多くの人員を投入し出来る限りのデータを集めたようでした。勿論情報戦で後れを取るようでは話になりませんので、これは当然と言っても良いでしょう。更に監督首脳陣もどんどん海外に出ることによって外国チームの視察、戦力分析を徹底したと聞いていました。今までに無かったほどお金をかけて準備をしたわけですから、関係者の期待も大きくなったのも分かります。

ただ、星野氏、山本氏、田淵氏、で構成した首脳陣には当初から疑問の声が上がっていました。と言うのも3名とも六大学時代の同期生であり、プロに入ってからも親交の深い友人同士の組み合わせなので、「それぞれの役割分担がはっきりしたトリオではないではないか」「友達同士だけで本当に大丈夫なのか」という指摘が出てきても全く不思議ではなかったのです。

もっと深い突っ込みを入れる人からは「闘いには絶対に作戦参謀が必要なのにこれでは参謀不在であり、真っ当な闘いができないのではないか」と心配の声が上がっていました。でも、何時の間にかそうした懸念の声はかき消され、北京オリンピックへと進んでいきました。

予選リーグ戦の日本対韓国戦を取材に行ったのが8月16日です。この試合は緊張感のある投手戦で6回表まで0-0のまま、試合は進み、6回裏調子が中々上がってこなかった新井が韓国の先発金の投球を捉えて先制2ランを放ちました。ベンチの気勢も一気に上がったはずです。日本の先発和田は丁寧で時に大胆な攻めのピッチングで6回までは文句なしの投球でしたが7回には上位打線と対するので交代のタイミングが問題と誰もが考えていたに違いないのです。

しかしベンチは和田に続投を命じました。すると矢張り限界が来ていたのでしょうか、先頭打者にフォアボールを与えてしまいました。それでもベンチの指示は続投、そして李大浩に粘られた末度肝を抜かれるようなライナーの同点ホームランを打たれてしまったのです。

折角苦労しながら勝ちパターンに持ち込めそうだったのに、打つべき手を打たずに一転して韓国に勝利の流れを与えてしまう形になってしまいました。その後はもう皆さん御記憶の通り、9回には、前打席大ホームランの李大浩に送りバントを許したり、岩瀬が連打を浴びてプッシュバントを決められ阿部が無用の2塁悪送球をしたりするなど、乱れに乱れて自滅。反撃も及ばず、6-3で敗れたのでした。

後で明らかになったのですが、和田には6回まで頼むという指示があったそうですが、投球内容が余りにも良かったので、急遽7回もマウンドに行ってくれという監督からの要請があったということです。極度の緊張感の中で投げ続けた和田にはもう限界だったでしょうし、6回まで兎に角頑張り通せば良いのだと信じて投げ続けた精神状況に更に7回も行けというのは余りにも酷だったでしょう。

こうした継投策にも9回裏1点を返して尚、無死2、3塁のチャンスに何の策講じられず、相手を苦しめられないままゲームセットに至りました。一方の韓国ベンチは継投策も実に細かく5人の投手を使い、攻撃の面でも実に緻密な戦術を駆使して頑張り、明らかに両チームの間にはベンチワークに決定的な差があることが見えてしまいました。矢張り心配されていた作戦参謀の不在が露わになったということです。終わってみれば4位、上位3チームに対し、0勝5敗という成績が日本チームの弱点を物語っており、全ての闘いには戦略がなければならず、良き作戦参謀無しには、勝利への道筋は作れないということを改めて教えられた北京オリンピックでした。

「北京オリンピックを振り返って4 勝負の面白さ」

8月15日、ソフトボールの日本対アメリカ戦を取材に行きました。

悲願となっている金メダルを取るためには、アメリカの壁を越えなければ現実のものとはなりえません。ソフトボールがオリンピックの正式種目となったアトランタ大会からシドニー、アテネと全てアメリカが優勝。日本は4位、2位、3位と善戦すれども頂点に立てないままで終わっているのです。中でも口惜しかったのはシドニー大会で、予選リーグ戦7戦全勝でトップに立っていながら、予選4勝3敗で4位から這い上がってきたアメリカに決勝戦で敗れ金メダルを逃したことです。それだけに、今回の北京を最後にオリンピック種目から外れることになっているソフトボール関係者にとっては、何としても金メダルで締めくくりたいという思いが強く働いていたと思います。

今大会、ライバルの一つであるオーストラリアを初戦で接戦ながら下して順調なスタートを切った日本はここまで3戦負け無し。一方、アメリカも2勝0敗でこの日の試合に至りました。この大事なアメリカ戦に斎藤監督はどんな作戦で臨むのかとても興味がありました。ところがいざ先発メンバーが発表されると、ピッチャーはエースの上野ではなくベテラン江本だったのです。驚きました。と言うのも、未だ予選リーグ戦の途中ですからこの試合に勝つことだけが大事というわけではないのですが、大切なことは随所に日本は侮れないぞ、意外にしぶとい面を持っているぞ、といった印象を相手に与える必要があると私は考えていたからです。ということは、この試合に全力を投入して勝利を得ようというよりは、アメリカチームの力を量ることに狙いを絞ったのでしょうか。

さて、試合が始まってみると、江本投手のボールに威力が無く立ち上がりからホームランを交えメッタ打ちにされて1アウトも取れずに4点を奪われてマウンドを降りる始末。代わった染谷もアメリカの勢いを止めることができず2本のホームランを浴び5回コールド7-0で敗れてしまいました。

残念ながら日本の良さは全く見られないまま終わってしまいました。納得がいかないまま試合後の会見にも出席しました。そこで斎藤監督に「今日は勝ちに行こうとしたわけではなかったのですね。相手の戦力を見るという狙いだったのですね」と聞いたのですが、監督は「長丁場の戦いが続きますので、今日は継投策で臨みました。思い通りには行かないことが多いのでその辺りはご理解下さい」という含みのある答えを返してくれました。

しかし、どう考えても何ら見所のない今日の試合は今後にも良い影響を与えないだろうなととても心配になってしまいました。

その後、踏ん張った日本はアメリカ以外には強さを発揮して2位で予選を終え、1位のアメリカと決勝進出をかけて戦うことになりました。
(*ソフトボールはページ方式と呼ばれる独特の順位決定戦を行うことになっています。分かり易く言えば予選の1位と2位が試合を行い勝ったチームは決勝進出で銀メダル以上が確定。負けた方は、3位と4位のチームの戦いの勝者と対戦して、勝てば決勝戦に進むことができ、負ければ銅メダルが確定するというシステムになっています。)

さて20日、午前に行われたアメリカとの試合ですが、エース上野が良く投げ7回を終わって1-0のまま延長戦に、タイブレークの末9回に打たれて、4-1で涙を呑みました。日本は3位で予選を終え4位との対決を制したオーストラリアとこの日の夜決勝進出を賭けて試合をしなければなりません。既に日本に勝っているアメリカは翌日の決勝に臨むだけです。しかし圧倒的に不利な条件の中に身を置いた日本がここから快進撃を始めるようになるとは誰が想像したでしょうか。続くオーストラリア戦も延長12回まで戦う苦しい試合を乗り切って勝ち念願の決勝戦進出を決めました。上野投手はこの日の2試合で21イニングス(3試合分に相当)318球を投げ抜いたのでした。

そして翌日の決勝戦。上野投手は疲れているのは間違いなく、悪くすれば早い回でアメリカの強打線にノックアウトされるかもしれない、つまりアメリカ有利と多くの目には映っていたはずです。余裕を持って決勝戦に臨んだアメリカからしても、予選で粉砕した余り強さの見えなかった日本、その上にエース上野が疲れていて万全で無いとしたらもうこれはこちらのものだという思いが走っていたのではないでしょうか。

でも、勝負というのは本当に分からないものです。上野を中心に一丸となった日本チームには勝負の神様が付いたとしか言いようのない試合展開となりました。先取得点は日本、更に山田のホームランまで出てアメリカを圧倒。疲労の極にあるはずの上野は全く危なげのない冷静沈着な様子で、相手バッターの狙いを読みきって許した得点はブストス選手のホームランによる1点だけ。結局3-1で遂に夢にまで見た金メダルを日本にもたらしたのでした。総合力では劣っていてもチームが本当に一つになれば、その総合力で勝っているチームに勝つことがあるということを教えられました。

勿論、日本チームに最高の結束力を生み出したのは2日間で28イニングス(4試合分)413球を、肉体の疲労を乗り越えて最後まで明るい表情で楽しみながら投げているかのように
投げ続けた、上野投手その人です。そして他の選手たちも精神的なレベルは上野投手に負けないくらい高揚していて一丸となれたのだと感じられました。

予選リーグ戦でのアメリカ戦は私個人としては今でも失敗だったと考えていますが、でも日本の力量が全く読み取れず、結果としてはそれほど警戒を要するとは思えないとアメリカに思わせた点で結果的には良かったと言えるでしょう。それにしても、アメリカとは何度やっても簡単に日本が勝てるとは思えませんが、オリンピックの決勝戦でこういうことが起きてしまうのですから勝負はやってみなければ分からない。だから勝負は面白いのです。

「北京オリンピックを振り返って3 たとえアウェイでも」

今回の北京オリンピックで目立ったのは、地元中国選手への応援の熱烈さでした。自国の選手に声援を送るのは当然のことですが、応援の一致団結振り、応援する声のボリュームの大きさ、その持続力など日本人のエネルギーを遥かに超える凄さでした。

「ジャーヨウ!ジャーヨウ!ジャーヨウ!」(加油!加油!加油!「力一杯頑張れの意味を持つ応援の言葉」)という声が会場の隅から隅まで響き渡り他の音は全てかき消されてしまいます。と言うことは今回51個の金メダルを含め100個のメダルを中国は取ったので、あちこちの会場で凄まじいジャーヨウコールが湧き上がったことになります。中国の選手と対戦した他の国の選手たちは大変なアウェイ感を持ちながら戦ったということになります。

8月16日、女子レスリング55kg級の試合に臨んだ吉田沙保里選手の1回戦、2回戦、そして準決勝までの戦いぶりを、北京のテレビ東京のスタジオで試合会場の中国農業大学からの中継映像を交え日本に生放送しました。金メダルに最も近い選手と言われていた吉田選手ですが、1回戦、2回戦は序盤の動きに本来の鋭さが見られず、これだけのレベルの選手にも多少なりとも連覇への重圧があるのだろうかと感じたものです。

ところが、私たちの生放送の最後の準決勝ではカナダの強豪バービーク選手を吉田本来のレスリングで圧倒して決勝進出を決めてくれました。冷静に考えてみると、1回戦、2回戦は相手の力量なども十分に考えて、自らがミスをすることがないよう細心の注意を払って相手を上手に処理するという戦いを展開しただけで、特に何かで苦しんでいたわけではなかったのです。そして生放送を終えて、私たちは吉田選手の応援に試合会場に出向きました。決勝の対戦相手は何と地元中国の新鋭許莉選手でした。

対戦前の私の予想では、力量においてもキャリアにおいても何処を比べても吉田圧倒的優勢と感じていましたが、問題は会場の99%が熱烈加油コールに包まれてしまうことです。それによって若い許莉選手が本来の力以上のものを発揮したら意外に許莉選手善戦ということもあり得るのかなという感じもしてきました。

3位決定戦が終わって、吉田選手と許莉選手がリングに上がった瞬間から館内は耳をつんざくばかりの許莉選手を応援する加油コールが湧き上がりました。新鋭の許莉選手も声援に後押しされるように吉田選手に良く食い下がって第1ピリオド終了。

館内の大音声の加油コールの中、第2ピリオドは開始早々から吉田選手の動きが鋭さを増してきました。元日本チャンピオンだったレスリングの師である父栄勝さんをしても沙保里のタックルだけは飛び込んでくるタイミングを察知することは誰にもできないと言わしめた、吉田選手の猛烈に素早いタックル。まるで、カメレオンが一発で獲物を舌に巻き込むような感じだと言われた吉田のタックルがついに許莉選手の右足を捉えました。本当に見事な片足タックルで、すぐさまバックに回り腕を取ってあっという間のフォール勝ちとなりました。

あまりの素早さに中国の応援団は呆気にとられ瞬間言葉を失い、館内で一体何が起きたのだという驚きが支配して、音が無くなりあれだけ熱狂の大音声につつまれていた体育館に何秒間かの静寂が訪れたのです。正直中国の人たちも吉田選手の強さに呆れ、舌を巻いて黙るしかなかったというようでした。これほどのアウェイの状況の中で自分の力をきっちり出し切った吉田選手に私自身頭が下がりました。そして涙が滲んでくるのを感じました。

表彰式では中国の人たちも圧倒的な強さの吉田選手に拍手を送っていました。銀メダルの許莉選手にも私は健闘を称えて一際大きな拍手を送りました。すると、1列前の中国の若者が振り返って、「中国の選手に大きな拍手を送ってくれて有難う」とにっこり微笑みながら声を掛けてくれたのです。些細なことでしたが一人の日本人と一人の中国人の間に僅かばかりの心の交流が生まれた感じがして嬉しかったです。

「北京オリンピックを振り返って2 鳥の巣スタジアム」

北京オリンピックを象徴するものの代表は何といっても鳥の巣スタジアム(国家体育場)です。オリンピックが始まる前からその特徴のある佇まいは何かと注目されていました。私自身も構造的にどんな具合になっていて、機能的にはどのようなメリットがあるのかなど大変興味を覚えていましたので、入場するのが楽しみでなりませんでした。

フォルツォークとド・ムーロンというスイス人の高名な建築家が創ったということは聞いていましたが、建造物というものは例え形態的に美しくても得てして機能的には問題を抱えていることが多く、一見不思議な感じのこのスタジアムも果たして如何程のものだろうかと素人ながら少しばかり疑問を持ちながらスタジアムへ向いました。

私たちのホテルから何となく目と鼻の先にあるような感じでいたのですが、歩いてみると中々鳥の巣へ近づきません。スケールが大きい建物なので近くにあるように感じられますが、実は結構な距離があるのです。漸く辿り着くと、おそらく中国各地からやってきた人たちが親子連れ、カップル、そして仲間同志と、鳥の巣スタジアムを背景に笑顔で記念写真を何枚も何枚も撮り続けていました。ふと東京オリンピックが行われた44年前を思い起こして、私たち日本人もそうだったなと彼らの気持ちがとても良く判るような気がしたものです。

広いスタジアムをぐるり半周して報道関係者入口から中に入り、2階記者席に腰を下ろして場内を見渡すと、「何という素晴らしい競技場なんだ。これは凄い」。3階席まで超満員。9万1千人の観衆が見つめるトラック、フィールドの美しさ歓声の響き具合、何処を取っても一見したところでは欠点らしきものは何も感じられませんでした。今まで見たことのない豪華で格調のあるスタジアムに私は完全に魅了されてしまったのです。

さて陸上競技の初日トラックとフィールドで次々に予選が行われて行きます。
注目の男子100m第2予選では注目のウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が走りました、スタートの反応速度は8人中7番目でしたが、30m付近からの加速は圧倒的で、50m付近では先頭に立ち、80m辺りでスピードを緩め横を見ながらのゴールイン。タイムを見てびっくり、9秒92なのです。明らかに8分の力で走ってこのタイム。何というランナーなのでしょうか。100mは本格的に取り組んでから長い時間が立ったわけではないというから驚きです。この時点で決勝でのボルトの勝利は固いものに見えました。ライバルのパウエルもゲイも存在そのものが霞んで見えました。

また、400m障害予選の日本勢為末選手、成迫選手の走りも見ることができました。成迫選手には昨年ほどの切れがなく、為末選手も持っている力を全部ぶつけてレースに臨みましたが、両者とも予選を通過するだけの力は残っていませんでした。二人のレースは私たちの目の前からスタートしていくだけに、応援に力が入りましたが残念でした。

女子の7種競技、3000m障害、円盤投げ、10000mなどプログラム通り行われたこの日、何時までもこのスタジアムで楽しんでいたいなという気分でしたが、翌日の放送の打ち合わせもあったため思いを残して鳥の巣スタジアムを後にしました。

勿論このスタジアムもさまざまな問題を抱えています。蔦が絡まる文様になっている鳥の巣は鉄でできた競技場です。ということは錆び止めなどの補修だけで毎年何億円、否それ以上の費用がかかると言われています。これだけの立派なスタジアムをどんな催しにどれくらい有効に使い続けることができるか問題は山積しています。長い時間が経過したときに間違っても本当の鳥の巣にならないよう、素晴らしいスタジアムであり続けることを祈りたいと思います。

「北京オリンピックを振り返って1 開会式」

テレビ東京の「北京オリンピック2008」放送のため8月10日から18日まで北京に行っていましたが、IOCのよる制約もあり期間中は写真の使用も含めブログが書けませんでした。そこで閉幕から一週間を経過した今、オリンピックを振り返って総括的な印象論を綴ってみたいと思います。もっとも滞在は僅かわずか9日でしたので余り細かいところまでは触れられませんが。

開会式はまだ出発前でしたので自宅のテレビで視聴しました。中国の長い歴史を動く絵巻物で表現するという手法が新鮮で人員の凄さ、彩りの鮮やかさ、コンピュータを連想させる点滅するボードなど、それまでの開会式がせいぜい3次元の表現に留まっていたのに対し、正しく4次元の世界に私たちを誘うスケール感が見ている人たちを圧倒したことは間違いないと思います。このオリンピックのために中国政府は4兆円以上のお金をかけたというのですからその圧倒的なスケールは彼らから見れば当然という感じではないでしょうか。

総合演出を担当したチャン・イー・モウ監督の仕事ぶりは、構成力、演出力、統合力どれを取っても素晴らしく、スピルバーグ監督が辞退して責任を負う形になったとはいえ、チャン・イー・モウだからこそできた演出ではなかったでしょうか。歌を歌った美少女が口パクだったとか、CGが多用されていたとか幾つかの批判も出ていますが、それは演出の範囲内のことであって然程問題にするほどのことでもないと思います。勿論もっとコンパクトなものにした方が良いなど色々な見方はあるでしょう。

でも恐らく、中国としては自国が現在如何に優れた水準にまで到達しているのかを何としても世界にアピールしたかったはずですからこのような手法をとらざるを得なかったのでしょう。それよりも問題だと感じたのは、204もの国と地域が参加しているので入場行進に時間がかかりすぎることです。テレビの視聴者も場内の観客も疲れ気味になってしまうのではないかと思いましたし、何よりもこれから競技を行う選手たちにも大変な負担になってしまうのでと心配までしてしまいました。各国ごとの入場行進の参加者をもっと絞って時間の短縮を図ることが急務だと私は思います。取り敢えず開会式は世界中に強烈なインパクトを与える効果があったと言えるでしょう。勿論開会式は中国の表の顔が見えただけで、中に潜むさまざまな問題は簡単には見えないようになっているとも言う向きもあります。(続く)

「松井秀喜選手の思い」

松井秀喜選手が膝の手術に踏み切るのかどうか注目されていましたが、手術はせずにリハビリを続けながら膝の回復を図り試合へ復帰する途を選んだとヤンキース球団が発表しました。

去年右膝の手術を担当したロデオ医師の診察を受けた上で結論を出すことになっていたそうで、ロデオ医師は現実に右膝を治療したこともあり、手術医の立場から左膝も手術した方が良いと勧めたようでした。一緒に立ち会ったキャッシュマンGMは、これで松井選手も手術に踏み切るだろうと考えながらヤンキースタジアムに帰って来て記者たちに発表する心算だったとのことです。ところが、念の為と思って松井選手に「どうする」と尋ねますと、意外にも「手術はしません。回復を待って試合に出てチームに貢献したいと思います」という返事が返ってきたということなのです。

ロデオ医師の所から球場に帰るまでのたった30分の間に松井選手の考えが変わったことにキャッシュマンGMは相当驚いたようです。そのため、記者発表時のGMのコメントには少し冷たいニュアンスが含まれていました。「彼はチームに貢献する途をえらんだ。しかし彼が復帰しても外野手として戻ることは無い。DHでホームランを打ってジョギングでホームに戻れれば良いのだが」

このコメントを見れば如何に松井選手の決断が彼にとって意外だったかが想像できます。残念なことに、もうヤンキース生活6年目になる松井選手の基本的な考え方がまだキャッシュマンGMには完全には理解してもらえていないのだなという気がします。

松井選手は、野球というのはチームスポーツであり、第一にチームが勝つことを目標に頑張らなければならない、そのために場合によっては自分を犠牲にすることも当然であるという考えを誰よりも強く持っている人です。そのためにこそホームラン狙いを捨て、その場その場の状況に合わせたチームバッティングを徹底してきました。できる限り試合に出てチームの勝利に繋げたいと力を尽くしてきたわけで、トーリ前監督などは松井選手と常に話し合いをして彼のそんな気持ちをしっかり汲み上げてくれ、人間としての松井選手に十分な敬意を払ってくれていたのです。

勿論GMとしての立場もありますから簡単には言い切れませんが、松井選手の考え方をもう少し理解していて欲しかったなと思います。

実は、タンパでバッティング練習を始めた時鋭い打球を飛ばしている、という二ュースが入って来ました。そこで、二ュースを聞いて嬉しいというメールを送った翌日、松井選手からは「折角良い感じで練習ができたと思ったのですが、また膝が腫れてきてしまいました。二ューヨークに戻って腫れが引くまで練習はストップします。手術はしません」というメールが届いていたので、今回の決断は当然のこと思ったのです。

GMもジラルディ監督も、トーリ前監督のように、本当に純粋にチームの為に貢献したいという松井選手の心の中の思いをもう少しだけ理解してくれると良いなと思いました。以前にも書きましたが松井選手は自分の体については極めて繊細な感覚を持っていて、自分で無理をして体を壊してしまうようなタイプではありません。膝の腫れまでは感知できませんでしたが、これはいわば誤差の範囲内みたいなものです。そのことに確信があればこその手術回避の判断だと私は思っています。

残された時間はそんなに沢山あるわけではありませんが、元気にグラウンドに戻ってきて、ヤンキースの優勝に松井選手が少しでも貢献できるように祈りたいものです。

「男子柔道日本代表選手 取材」

北京オリンピック関連の取材を続けていますが、今回は男子柔道です。

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ナショナルトレーニングセンターの柔道場に入ると広い、広い道場が目に入ります。試合用のラインが引かれたスペースが6面ゆったりと取られそれ以外のスペースでも稽古が十分に行えるように配慮されている素晴らしい道場です。そこに100人を超える黒帯の強化選手や全日本クラスの選手が加わってオリンピック代表選手と最後の合宿を行っているところでした。100人以上の選手群が一斉に動き出し、素早い動きで試合形式の稽古を行っている様は壮観としか言いようがありません。

それぞれのパートにコーチ陣が居てその場その場に応じた指導ができるようになっていて稽古が実に効率的に行えるのです。一寸遅すぎたという感じはありますが漸く格好の練習場が出来たなと思いました。

さて男子の代表選手は7人、60キロ級平岡拓晃選手、66キロ級内柴正人選手、73キロ級金丸雄介選手、81キロ級小野卓志選手、90キロ級泉浩選手、100キロ級鈴木桂治選手、100キロ超級石井慧選手というメンバーです。

アテネでは3つの金メダルを獲得した男子ですが今回はそう簡単には行かないだろうと見られています。絶対の強さを持った選手が居ないからどうしても強気の見通しが立て難いということでしょう。

重量級の泉、鈴木、石井の3選手は、金メダル以外は考えの中には無いと言い切っていました。その中では一時は柔道を止めようか、いや止めなければいけないのではないかとまで思ったという泉選手が闘争心を取り戻し、落ち着いた表情で北京への思いや見通しを語ってくれたのが特に印象に残りました。精神的に高いレベルに到達しているなと私には感じられました。

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後はどうしても私たちテレビ東京が担当する81キロ級の小野卓志選手が気になりました。間もなく第2子が誕生するということで北京に因んだ名前を考えているそうです。女の子なら京愛(けいな)か京夏(きょうか)のどちらかにしたいと話していました。子供たちの為にも頑張らなくてはというのは男にとっては結構大きなエネルギーになるものです。

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小野選手は代表権を獲得するまでが大変でした。4月に行われた韓国済州島でのアジア選手権で苦しみ抜いた末に優勝して代表権を手にしたのです。もし早々と負けていれば日本が初めて柔道で代表枠を失うことになったわけで、彼に掛かったプレッシャーは大変なものだったと思います。「考えてみればこれ以上は無いというくらいのピンチを次々に乗り越えて来たのだから怖いものは何も無いですよね。その気持ちで試合に臨んで下さい」と私が言いますと、小野選手は答えてくれました、「その通りです。その気持ちで頑張ります」と。代表選手の中ではイケメンの柔道家のその表情には確信に満ちた微笑がありました。このクラスは外国勢が強いので苦しい戦いを強いられるとは思いますが、タイトロープを渡って来た男の強さをみせて貰いたいものです。

「卓球日本代表選手取材」

北京オリンピック卓球日本代表チームを取材しました。

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男女共最後の合宿を行っている段階で練習を公開しインタビューにも応じるということで
取材陣も大集合となりました。

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男子代表は韓陽選手(29)、水谷隼選手(19)、岸川聖也選手(21)、に宮崎義仁監督(49)。そして女子代表は福原愛選手(19)、平野早矢香選手(23)、福岡春菜選手(24)、に近藤欽司監督(65)。男女ともに考えられる最高のメンバー編成ができた日本代表チームだと思います。

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今大会はアテネでは無かった団体戦が設けられ、日本にとってはメダルの可能性が出てきたことでチームのモチベーションは非常に高くなっています。と言うのも、ご存知のように世界選手権の団体戦では女子は4大会連続の銅メダル、男子も今年2月の中国広州大会で銅メダルを獲得しているという実績があるからです。

今回の北京では、団体戦ではシングルス2試合のあとダブルス1試合を行い、そのあとシングルス2試合で合計3試合を制した方が勝つという仕組みに成っています。そして3人の選手はシングルス2試合かシングルス1試合、ダブルス1試合の何れかに登場しなければなりません。試合が行われる順番から言っても、チーム全体に与える影響力から見てもダブルスの持つ意味が相当大きいことは明らかです。

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(水谷隼選手)

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(岸川聖也選手)

男子では水谷選手と岸川選手が組むことは決まっていますが同じスヴェンソンに所属し、二人ともドイツブンデスリーガでヨーロッパ勢と戦ってきたキャリアにも共通性が有り、コンビネーションはとても良くかなり高い確率で勝利の計算ができそうだと監督は強調していました。シングルスでは水谷選手の進境、成長が素晴らしくどの選手と当たっても勝てる確率が高まってきているので心強いと宮崎監督も胸を張ります。

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(韓陽選手)

もう一人の韓選手はマイペースを崩さないイメージを周囲にも与える選手でした。ところが出身地の中国でのオリンピックということもあり、日本に帰化はしたけれど自分が頑張っていることを中国の人々にも見て欲しいいと一念発起して、徹底的な走り込みで体を絞り、アルコール類も殆ど口にしなくなり、結果的に動きがシャープになりスタミナもついてきたそうです。監督は、韓選手は言われたことはきちんとやる素直な選手なんですと嬉しそうに話してくれました。

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(平野早矢香選手)

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(福岡春菜選手)

女子はシングルス全日本チャンピオンの平野選手が中核になっていて闘志の炎をめらめらと燃やす。福岡選手は表面的にはその闘志を内に秘めるタイプですが胸の中には何時も戦略や戦術が行き来するインサイドワーク派。そしてその二人を上手に繋ぐ心の柔軟性を豊かに有している福原愛選手という感じで、コンビネーションの良さはこれ以上望めない程素晴らしいものに思えました。鍵を握るダブルスは平野選手、福岡選手の可能性がもっとも強く福原選手、福岡選手の可能性もあるとのことです。

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(福原愛選手)

男女とも外国勢が非常に強い卓球ですが監督の思い通りにことが運んだとすれば、共にメダルの可能性は十分あると思えてきました。
彼らの奮闘振りは是非テレビ東京の放送をご覧下さい。

「日本ダービー」

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二年ぶりに日本ダービーを観戦しに東京競馬場に出かけました。


前日の雨が嘘のように素晴らしい天気になり悪化していた馬場コンディションが何処迄
回復するのかファンには予想の上でも大変気になるところでした。専門家達の指摘では完全な良馬場迄は回復しないだろうと言う声が多かったようです。


この日ダービー観戦に東京競馬場に集まった人はおよそ12万5千人、バブル時の平成2年のダービーの19万6517人に比べると少なくなりましたが私にはこの競馬場にとってはこれ位が適正規模の人数ではないかと感じられました。


一般の人には分かり辛いのですが競馬サークルで生活している人達にとってダービーは一年の中で特別な一日で、例えて言えば普通の人のお正月に相当するものです。競馬関係者の生活はダービーを中心に全てが回っていると言っていいでしょう。したがって馬主、調教師、騎手、厩務員達にとって最大の目標はダービーを制覇することなのです。


かつて騎手時代スピードシンボリ等で大活躍した野平祐二さん(故人)はダービーだけは縁がなく4着が最高の成績でした。イギリスやフランスで競馬関係者と話をする度に彼等がダービージョッキーと向き合った途端に襟を正すのを見てつくづく自分がダービーに勝てなかったことをとても寂しく感じたと語ったことがあります。調教師になってからはシンボリルドルフを三冠馬に仕立てあげた人でさえ、騎手時代にダービーを勝てなかったことを悔やんでいたところにもダービーに対する思いの強さが感じられます。


そしてダービーが終わると新たに2歳馬達がデビューし始めます。つまり来年のダービーを目指してサークル全体が動き出すのです。と説明すれば、ダービーの日が競馬界のお正月だということがお分かり頂けるでしょう。


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さて肝心のレースではディープスカイが直線で一気のゴボウ抜きで優勝、関係者は歓喜の
涙に包まれたということです。ディープスカイの勝利が素晴らしいと思うのは競馬界全体がシステム化され大規模な牧場でなければ存続が難しい状況で、笠松牧場という小さな牧場で生産されたサラブレッドが何と8000頭余りの頂点に立ったことです。規模の小さい牧場がどんどん淘汰され廃業する農家が多い中同業の人達に希望の灯を灯す勇気を与える快挙だったと言えるでしょう。


馬券は当たりませんでしたが牧場及び関係者の皆様に心から祝福の言葉を送りたいと思います。

「松井秀喜選手の好調の理由は」

ニューヨーク・ヤンキースは現在、アメリカンリーグ東地区で下位に低迷し、勝率5割を確保するのもやっとという感じです。

しかし、その中にあって独り松井秀喜選手は開幕から非常にコンスタントにヒットを打ち続け、大リーグ挑戦6年目の今年は4月、5月に関して言えば最高の成績を収めています。

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好調の理由はいくつか挙げることができますが、第一に誰もが言うように結婚して家庭を持ったことが大きいと思います。これまでは外食が多かった訳ですが、奥様が松井選手のコンディションなど色々考えて料理を作ってくれるそうですし、何より料理の腕前が見事でとても美味しいとのこと、これは最高ですね。何を食べるか自分で思案する必要がなくなった訳でその上、同時に彼を支える会話がテーブルをはさんで交わされている様子が目に浮かびます。思えば結婚発表直前でしたが私とのインタビューの中で自分の好みのタイプは日本的で控え目な人、それでいて自分をきちんと支えてくれる人だと明言していました。結婚によって自分にとって全てが整い、家庭が明日へのエネルギーを再生産する母港となったのだと思います。

第二に大リーグ六年目の今年、バッターとしてある種の集大成的な答を出したいという意気込みも好調の理由になっていると思います。対話の中でバッターとして最も大切なことは打率3割を超えることですと彼は断言しました。この二ヶ月のバッティングを見ていると何よりもヒットを打って出塁すること、何処まで幅のある打撃ができるのか自分として答えを出したいと考えているように思えます。

第三に、どんな重圧でも撥ね退ける偉大な力を松井選手が持っていることも大きいと思います。キャンプ入りをする直前の彼のランニングはちょっと痛々しい感じがする程、手術した右ヒザを庇ってのものでした。正直これで開幕に間に合うのだろうかと私もとても不安を覚えたものです。元気な時を仮に100としたらその時は60位という感じでした。しかしそれからの日々、毎日毎日自分自身で入念にチェックしながら、本当に少しずつ少しずつコンディションを整えていき、遂に開幕戦は8番DHとスタメン入りを果たしたのでした。スタメン入りを知った時、この人は本当にとても慎重な努力家だなと感服しました。

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いつも傍でサポートしているN.Yヤンキース広岡勲広報担当は「松井選手は熱くなりすぎてペースを上げ過ぎて自分を壊してしまうようなタイプの人間ではありません、自分の体についてはとても神経質な男です。彼を信頼しています」と語っていたことを思い出します。自分の体のことを良く知り、そして気を配った上で実に計画的に回復を図って、それをやり遂げた。そもそも今年は最悪の年。レギュラーすら保証されていないと言われていましたが、その逆境を見事に覆す大きな力を持っていたことを物語っていると思います。

第四に彼の人間性に惹かれる人達が多く、心からの励ましを送ってくれていたことも大きかったと思っています。キャンプ地のフロリダ・タンパでは男性も女性も大人も子供も列を作って松井選手にサインを求めていました。丁寧にサインをする彼にアメリカのファンから「アリガトウ マツイ」、「ガンバッテ マツイ」という日本語の声援が沢山飛んでいました。ある女性ファンは「一昨年左手首を骨折した時、松井選手はファンに向って『皆さんに心配や迷惑をかけて本当に申し訳ありません』と謝罪したのよ、こんな選手は今迄一人もいなかった。松井選手は本当に素晴しい。人間として最高だと思う」と話してくれました。

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これ程までも人間性を評価されている日本人が他にいるだろうかと思うと、胸の中に熱いものがこみ上げてきたものです。そんなファンの声に今年こそ応えなければならないと彼の胸の中にはそんな思いもしっかり築かれているのだと思います。今年は今迄とは違う、そんな松井選手の今後を温かく見守りたいと思っています。

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