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「名将 渡辺久信監督」
- 2008年11月11日 14:20
- スポーツ
今年の日本シリーズは第7戦までもつれましたが、結局埼玉西武ライオンズが読売ジャイアンツを降し13回目の日本一の座につきました。私自身第2戦を東京ドームで観戦しましたし、他の試合の生中継も運良くテレビで見ることができたのです。往年の日本シリーズを数多く見てきた立場からすると選手たちはやや小粒な感じに映りましたが、全体に見所が多く面白い日本シリーズだったと思います。それが証拠にテレビの視聴率も第7戦では28.2%を記録しました。
今回は特に西武渡辺久信監督の一挙手一投足をじっくりと観察しながら、その采配に注目して全試合を見ていきました。印象としては、新人監督とは思えないほどどっしりとした落着きを感じさせるもので、仮に失敗があったとしても表情の中に一切感情の動きや動揺の影すら見せず、もともとイケメン投手と言われていた人だけに、表情の中にとてもきりりとした凛々しさを湛えていて信頼できる監督だという印象を持ちました。
特に、投手出身の人だからとも言えますが一人一人の投手に対する扱いは見事なものがありました。その時その時の投手の心理状況が全部理解できているだけにどの投手も次の試合へのモチベーションを落とすことがないように愛情ある配慮が為されていました。ですから、例えリードされていても、試合で負けても、じめじめせずカラッとしていてベンチの中の結束力が強いのだなということをつくづく感じさせられたものです。
最終戦の投手起用も日本シリーズで勝利を経験していないベテラン西口の闘志に火をつけて先発に起用。2点を取られたものの、後を受け継いだ石井一久そして涌井が監督の思いに応える熱投で試合の流れを引き寄せ、逆転勝利に繋げました。監督としてのこのような素晴らしい才覚はどの様にして育まれてきたのか、私としては是非本人に会って直接お話を聞いてみたいなと思っていたところ、昨日の日刊スポーツに渡辺監督が手記を寄せているのを発見。読んでみてその理由が分かりました。
その手記によりますと、選手として西武を自由契約になった後、誘ってくれた数球団の中から最も条件の良くなかったヤクルトを選んだそうです。それは当時監督だった人間野村克也に魅かれたからとのこと。彼から野球についての考え方を学び、後に台湾に移ってからの3年間で思い通りにできない選手の気持ちがわかるようになって、教える引き出しが増えたとのことです。この辺りが監督としての立派な基礎になっているようですね。
さらに、他人と同じことだけはやりたくないと感じ、他人が1、2歩踏み出すのなら自分は5、6歩踏み出して新しい監督像を創ろうと努めてきたということです。チーム内で問題が起きたら全部自分が責任を持つ。その代わり変な妥協だけは絶対にしない。例え首を切られることがあっても自分が目指したことはきちんとやり抜くことをモットーにしてきたそうです。
そういう考えで渡辺監督が自らの仕事に打ち込んでいるからでしょう、その眼は鋭いけれど優しさも感じさせるとても素敵な眼だと思います。台湾での経験も有り、本人は辞退しましたが本当はWBCの監督もできる人だと私は考えています。
「分かりやすいルールを」
- 2008年10月30日 16:24
- スポーツ
つい先日まで、来年行われる第2回WBCの日本代表チームの監督を誰にするのか世間の注目が集り、結局原辰徳巨人軍監督に決定しましたがそれまでの紆余曲折ぶりは誰の目にも奇異に映ったことだと思います。
そもそもNPBの側から星野仙一氏にオリンピックの後はWBCもよろしくという御託宣が有り、星野氏自身も北京から帰ったあとには乗り気の発言をしていたと伝えられたことから星野氏が再び指揮を執ることは規定路線だったのではと反感を呼んでしまったことが問題の端緒です。そこから事態は奇想天外な展開を見せましたがそれには相当の理由がありました。
それは偏に星野氏の対応だったと思います。北京オリンピックの前まで星野氏は「北京では金メダル以外は要らない」と大見栄を切り、そのために外国チームの取材や視察などに相当量の資金と人員を費やし周到な準備を行いました。ですから多くのファンが素晴らしい戦いをしてくれるだろうと期待したのは当然のことです。勿論どのチームも優勝を目指しメダルに拘って戦うので、例え結果が金メダルを獲得できなかったとしてもファンは納得してくれたはずでした。
しかし、以前にもこの欄で触れたように実際は数多くの点で戦略や戦術に見るべきものがなく、同じような失敗を重ねたことにファンのフラストレーションは極度に高まっていきました。従って、帰国してからの星野氏がファンの胸中を察して素直に「自分の判断ミスがこのような結果を生んでしまいました。反省点ばかり残してしまい期待して下さったファンの皆さんに本当に心からお詫びします。もう一度勉強し直します」などというようなコメントを出していれば寛容な日本のファンはそれを受け入れてくれたと思います。
ところがそうではなく「ストライクゾーンが日本とは違う」とか「午前中に試合を行うことに慣れていなかった」などと理由にもならないことを挙げて言い訳をしたことが逆にファンの怒りに火をつけてしまったのだと思います。「星野仙一という男は男の中の男ではなかったのか」という思いでそうした発言を聞いていた人も多かったのではないでしょうか。更には自身のブログで「俺を叩けば週刊誌も新聞も売れるらしい。日本はいつからいじめ国家になったのか」と書いたことも、やはり潔さの無い人なのだと世間の人たちに思わせてしまったのだと思います。男らしさ、つまり潔さや謙虚さを最も持っていると思われていた人が実際は全くそうではなかったと感じたときに、星野仙一熱が冷めてしまったということでしょう。
ここが総ての出発点になっているので、WBC監督へ星野氏をという報道が出てきたときにそれはおかしいだろうというリアクションが起きたのだと思います。また、楽天イーグルスの野村克也監督やイチロー選手の星野氏WBC監督就任報道に対する異議は世論を無視して事を進めようとするNPBの動きにブレーキを掛けることに繋がりましたが、先ずファンの気持ちを忖度できないようではこの先どうなることやらと心配になってきます。
監督決定までにはさまざま複雑な動きがありましたが、「前年の日本一チームの監督が就任する」といった形でルールをあらかじめ作っておけばこれほどまでに大きな問題になるはずがなかったのです。今後同種の混乱を引き起こさないためにも今のうちに一定の判り易い基準を設けておくべきです。
考えてみるとオリンピック代表を決めるのに毎回紛糾するマラソンや柔道もそうですが、例えばアメリカのようにオリンピック最終選考会を開きそこで勝った人が代表になるという簡単なシステムを決めておけば、混乱も回避できるでしょうし世間も納得してくれると思うのですがいかがでしょうか。
「北京オリンピックを振り返って7 更なる発展を願って」
- 2008年9月30日 16:47
- スポーツ
北京オリンピックで日本が獲得した金メダルは全部で9個。前回のアテネでは柔道だけで8個の金メダルを取りましたが、今回はその柔道も金メダルの量産は難しいと言うのが一般的な見方でしたので(結果は内柴選手、石井選手、谷本選手、上野選手が優勝して4個の金メダル)、全体としてまずまず日本選手団は健闘したといって良いと思うのです。
嬉しい誤算と言っても良い競技での日本選手の活躍も目立ちました。男子フェンシングフルーレ銀メダルの太田雄貴選手の活躍(実は、サーブルでは中国の仲満選手が金メダルを獲得しているので欧米勢は東洋の剣士にやられっ放しでした。)。体操男子個人総合銀メダルの内村航平選手は、ナショナルトレー二ングセンターでの記者会見では超強気発言を繰り返していたので初出場の選手がこんなに自信満々で良いのだろうかと心配したのですが、その自信はある種の確信だったのですねと思わせるほどの大活躍。女子バドミントンダブルスの末綱聡子、前田美順組は3位決定戦で敗れたものの、3回戦で世界ナンバーワンペアを破る大殊勲。「オグシオ」に圧倒的に傾注していたマスコミ陣にもっと競技そのものを見る目を持って下さいと注意を喚起するかのような奮闘振りでした。そして女子カヌーではメダルには手は届かなかったものの4位入賞で、今後に大きな期待を抱かせる胎動が始まっているようです。
ナショナルトレー二ングセンターが創設されたことは組織的な練習が可能になって一歩前進ですが、10年20年先を見据えた全体構想ががっちりと出来上がっているようではないのでまだまだ危なっかしいところが一杯です。体協も政治家というよりはスポーツに本当の理解と識見のある人を迎えて協力を仰ぐ必要があるのではと思います。日本のスポーツをどんな方向に目標を定めて進ませるのか、市民スポーツをどう育てて行くのか、はっきりとした展望を持っている人を中心に更なる躍進、発展を期待せずにはいられません。
「北京オリンピックを振り返って6 精神的なレベルアップが金メダルを掴む」
- 2008年9月30日 16:30
- スポーツ
今回の北京オリンピックで日本選手団に関して特徴的だったのは、金メダルに輝いた人たちがアテネに続いて2連覇を飾ったケースが多かったということです。中でも、水泳男子100m、200m平泳ぎで共にアテネに続く2種目制覇の偉業達成の北島康介選手は4年間に人間がどのように成長していくのかを私たちに教えてくれる良き実例だと思います。
アテネで金メダルを取ったとき、インタビューに答えた喜びの声は、「超、気持ち良い」というものでした。それに対して、今回最初の100m平泳ぎで勝利を収めたときはマイクを向けられてもしばし沈黙があり、そして喜びの涙をタオルでゆっくり拭い一呼吸あって、「本当に嬉しいです」と言葉を繋ぎました。
アテネの時は勿論勝つだけの力も持っていましたが、本当の勝負の怖さまではまだ知らない若さのエネルギーが他の選手を圧倒したという印象もあったのです。それだけに、自分の気持ちだけを、ストレートに表現した言葉が「超、気持ち良い」というものだったと思います。
ところが今回のインタビューに対する答えにはこの4年間に体験した苦悩、辛さを反芻しながら自分自身の頑張り、苦境を越えてきた実感、そして自分を支えてくれた周囲への感謝、共に闘った他の選手たちへの気配りなど色々な要素が含まれていて、私には、とても好感の持てるインタビューでした。
アテネで頂点に立った後、もう一つはっきりとした目標設定ができないまま練習だけは続けるものの、調子を崩し焦れば焦るほど体も言うことを聞かなくなり、最大のライバルであるブレンダン・ハンセンに勝てなくなりもう駄目かもしれない、やめた方が良いのだろうか、という思いを持つほどまでになったそうです。でもそのポイントからの反発力が普通の人とは違うのですね。
名コーチ平井伯昌さんが北島選手のアスリート魂を刺激します。「北島の平泳ぎを完成させようよ」、自分を間違いのない方法論で導いてくれた平井コーチのその言葉にいつの間にか
北島選手は乗ってしまったようで、50mごとのストローク数をできる限り少なくしてエネルギーの消耗を減らし、大きな伸びやかな理想の泳ぎで距離の短い100mでも泳ぎ切ってレースに勝つこと、そこを目標に二人の鍛錬が始まりました。100mでは誰しも気持ちが急くのでストローク数が増え、腕の回転も速くなりがちですが、そこを慌てず大きな泳ぎでストローク数を減らして泳ぐには勇気が必要ですが、この子弟はその命題に取り組み、これこそ理想の泳ぎだという確信を持って北京に乗り込んできていたのでした。100mの予選を見た時ときにこれは北島の勝利間違いなしと確信しました。他の選手たちとは次元の違う泳ぎをしているということが見て取れたのです。
200mの決勝はさらに凄いものでした。スタートした時から、独りだけ大きなストロークで自分の平泳ぎはこういうものだということをアピールするように伸びやかな泳ぎを続け、他の選手との差をじりじりと広げていきました。北島選手の視界には他の選手は一切入ってこない感じで、独り無人の境地を行くというレースに見えました。他の選手たちは北島以外の選手たちと争うしかないというものでした。4年間のうちに圧倒的に他の選手たちとは違う領域にまでレベルアップを成し遂げた北島選手そして彼を支えた平井コーチ二人の努力に心からの拍手を送りました。
北島選手以外にも、柔道の内芝選手、谷本選手、上野選手、女子レスリングの吉田選手、伊調馨選手、がアテネと北京の2連覇を成し遂げました。皆北島選手と同じように挫折、怪我、精神的な悩みなどを乗り越えての2連覇で、それらは技術だけではなく人間としてのレベルアップがなければ辿り着けないゴールだったわけです。重厚味溢れる金メダリストが沢山誕生したオリンピックでした。
「北京オリンピックを振り返って5 勝敗を決める戦略」
- 2008年9月30日 16:12
- スポーツ
北京オリンピックで期待に応えられなかった種目の一つが野球でした。
星野監督は監督就任会見で「金メダルしか要らない」と述べて国民の期待感を煽ったのですから、例え簡単に金メダルを取れるとは思わなかったとしても、実際には金メダルに近付く闘いをしてくれるに違いないと考えた人が多かったのは無理からぬところでしよう。
日本チームの準備は念入りだったと聞いていました。外国チームの取材、情報収集には多くの人員を投入し出来る限りのデータを集めたようでした。勿論情報戦で後れを取るようでは話になりませんので、これは当然と言っても良いでしょう。更に監督首脳陣もどんどん海外に出ることによって外国チームの視察、戦力分析を徹底したと聞いていました。今までに無かったほどお金をかけて準備をしたわけですから、関係者の期待も大きくなったのも分かります。
ただ、星野氏、山本氏、田淵氏、で構成した首脳陣には当初から疑問の声が上がっていました。と言うのも3名とも六大学時代の同期生であり、プロに入ってからも親交の深い友人同士の組み合わせなので、「それぞれの役割分担がはっきりしたトリオではないではないか」「友達同士だけで本当に大丈夫なのか」という指摘が出てきても全く不思議ではなかったのです。
もっと深い突っ込みを入れる人からは「闘いには絶対に作戦参謀が必要なのにこれでは参謀不在であり、真っ当な闘いができないのではないか」と心配の声が上がっていました。でも、何時の間にかそうした懸念の声はかき消され、北京オリンピックへと進んでいきました。
予選リーグ戦の日本対韓国戦を取材に行ったのが8月16日です。この試合は緊張感のある投手戦で6回表まで0-0のまま、試合は進み、6回裏調子が中々上がってこなかった新井が韓国の先発金の投球を捉えて先制2ランを放ちました。ベンチの気勢も一気に上がったはずです。日本の先発和田は丁寧で時に大胆な攻めのピッチングで6回までは文句なしの投球でしたが7回には上位打線と対するので交代のタイミングが問題と誰もが考えていたに違いないのです。
しかしベンチは和田に続投を命じました。すると矢張り限界が来ていたのでしょうか、先頭打者にフォアボールを与えてしまいました。それでもベンチの指示は続投、そして李大浩に粘られた末度肝を抜かれるようなライナーの同点ホームランを打たれてしまったのです。
折角苦労しながら勝ちパターンに持ち込めそうだったのに、打つべき手を打たずに一転して韓国に勝利の流れを与えてしまう形になってしまいました。その後はもう皆さん御記憶の通り、9回には、前打席大ホームランの李大浩に送りバントを許したり、岩瀬が連打を浴びてプッシュバントを決められ阿部が無用の2塁悪送球をしたりするなど、乱れに乱れて自滅。反撃も及ばず、6-3で敗れたのでした。
後で明らかになったのですが、和田には6回まで頼むという指示があったそうですが、投球内容が余りにも良かったので、急遽7回もマウンドに行ってくれという監督からの要請があったということです。極度の緊張感の中で投げ続けた和田にはもう限界だったでしょうし、6回まで兎に角頑張り通せば良いのだと信じて投げ続けた精神状況に更に7回も行けというのは余りにも酷だったでしょう。
こうした継投策にも9回裏1点を返して尚、無死2、3塁のチャンスに何の策講じられず、相手を苦しめられないままゲームセットに至りました。一方の韓国ベンチは継投策も実に細かく5人の投手を使い、攻撃の面でも実に緻密な戦術を駆使して頑張り、明らかに両チームの間にはベンチワークに決定的な差があることが見えてしまいました。矢張り心配されていた作戦参謀の不在が露わになったということです。終わってみれば4位、上位3チームに対し、0勝5敗という成績が日本チームの弱点を物語っており、全ての闘いには戦略がなければならず、良き作戦参謀無しには、勝利への道筋は作れないということを改めて教えられた北京オリンピックでした。
「北京オリンピックを振り返って4 勝負の面白さ」
- 2008年9月30日 15:23
- スポーツ
8月15日、ソフトボールの日本対アメリカ戦を取材に行きました。
悲願となっている金メダルを取るためには、アメリカの壁を越えなければ現実のものとはなりえません。ソフトボールがオリンピックの正式種目となったアトランタ大会からシドニー、アテネと全てアメリカが優勝。日本は4位、2位、3位と善戦すれども頂点に立てないままで終わっているのです。中でも口惜しかったのはシドニー大会で、予選リーグ戦7戦全勝でトップに立っていながら、予選4勝3敗で4位から這い上がってきたアメリカに決勝戦で敗れ金メダルを逃したことです。それだけに、今回の北京を最後にオリンピック種目から外れることになっているソフトボール関係者にとっては、何としても金メダルで締めくくりたいという思いが強く働いていたと思います。
今大会、ライバルの一つであるオーストラリアを初戦で接戦ながら下して順調なスタートを切った日本はここまで3戦負け無し。一方、アメリカも2勝0敗でこの日の試合に至りました。この大事なアメリカ戦に斎藤監督はどんな作戦で臨むのかとても興味がありました。ところがいざ先発メンバーが発表されると、ピッチャーはエースの上野ではなくベテラン江本だったのです。驚きました。と言うのも、未だ予選リーグ戦の途中ですからこの試合に勝つことだけが大事というわけではないのですが、大切なことは随所に日本は侮れないぞ、意外にしぶとい面を持っているぞ、といった印象を相手に与える必要があると私は考えていたからです。ということは、この試合に全力を投入して勝利を得ようというよりは、アメリカチームの力を量ることに狙いを絞ったのでしょうか。
さて、試合が始まってみると、江本投手のボールに威力が無く立ち上がりからホームランを交えメッタ打ちにされて1アウトも取れずに4点を奪われてマウンドを降りる始末。代わった染谷もアメリカの勢いを止めることができず2本のホームランを浴び5回コールド7-0で敗れてしまいました。
残念ながら日本の良さは全く見られないまま終わってしまいました。納得がいかないまま試合後の会見にも出席しました。そこで斎藤監督に「今日は勝ちに行こうとしたわけではなかったのですね。相手の戦力を見るという狙いだったのですね」と聞いたのですが、監督は「長丁場の戦いが続きますので、今日は継投策で臨みました。思い通りには行かないことが多いのでその辺りはご理解下さい」という含みのある答えを返してくれました。
しかし、どう考えても何ら見所のない今日の試合は今後にも良い影響を与えないだろうなととても心配になってしまいました。
その後、踏ん張った日本はアメリカ以外には強さを発揮して2位で予選を終え、1位のアメリカと決勝進出をかけて戦うことになりました。
(*ソフトボールはページ方式と呼ばれる独特の順位決定戦を行うことになっています。分かり易く言えば予選の1位と2位が試合を行い勝ったチームは決勝進出で銀メダル以上が確定。負けた方は、3位と4位のチームの戦いの勝者と対戦して、勝てば決勝戦に進むことができ、負ければ銅メダルが確定するというシステムになっています。)
さて20日、午前に行われたアメリカとの試合ですが、エース上野が良く投げ7回を終わって1-0のまま延長戦に、タイブレークの末9回に打たれて、4-1で涙を呑みました。日本は3位で予選を終え4位との対決を制したオーストラリアとこの日の夜決勝進出を賭けて試合をしなければなりません。既に日本に勝っているアメリカは翌日の決勝に臨むだけです。しかし圧倒的に不利な条件の中に身を置いた日本がここから快進撃を始めるようになるとは誰が想像したでしょうか。続くオーストラリア戦も延長12回まで戦う苦しい試合を乗り切って勝ち念願の決勝戦進出を決めました。上野投手はこの日の2試合で21イニングス(3試合分に相当)318球を投げ抜いたのでした。
そして翌日の決勝戦。上野投手は疲れているのは間違いなく、悪くすれば早い回でアメリカの強打線にノックアウトされるかもしれない、つまりアメリカ有利と多くの目には映っていたはずです。余裕を持って決勝戦に臨んだアメリカからしても、予選で粉砕した余り強さの見えなかった日本、その上にエース上野が疲れていて万全で無いとしたらもうこれはこちらのものだという思いが走っていたのではないでしょうか。
でも、勝負というのは本当に分からないものです。上野を中心に一丸となった日本チームには勝負の神様が付いたとしか言いようのない試合展開となりました。先取得点は日本、更に山田のホームランまで出てアメリカを圧倒。疲労の極にあるはずの上野は全く危なげのない冷静沈着な様子で、相手バッターの狙いを読みきって許した得点はブストス選手のホームランによる1点だけ。結局3-1で遂に夢にまで見た金メダルを日本にもたらしたのでした。総合力では劣っていてもチームが本当に一つになれば、その総合力で勝っているチームに勝つことがあるということを教えられました。
勿論、日本チームに最高の結束力を生み出したのは2日間で28イニングス(4試合分)413球を、肉体の疲労を乗り越えて最後まで明るい表情で楽しみながら投げているかのように
投げ続けた、上野投手その人です。そして他の選手たちも精神的なレベルは上野投手に負けないくらい高揚していて一丸となれたのだと感じられました。
予選リーグ戦でのアメリカ戦は私個人としては今でも失敗だったと考えていますが、でも日本の力量が全く読み取れず、結果としてはそれほど警戒を要するとは思えないとアメリカに思わせた点で結果的には良かったと言えるでしょう。それにしても、アメリカとは何度やっても簡単に日本が勝てるとは思えませんが、オリンピックの決勝戦でこういうことが起きてしまうのですから勝負はやってみなければ分からない。だから勝負は面白いのです。
「北京オリンピックを振り返って3 たとえアウェイでも」
- 2008年9月 4日 15:40
- スポーツ
今回の北京オリンピックで目立ったのは、地元中国選手への応援の熱烈さでした。自国の選手に声援を送るのは当然のことですが、応援の一致団結振り、応援する声のボリュームの大きさ、その持続力など日本人のエネルギーを遥かに超える凄さでした。
「ジャーヨウ!ジャーヨウ!ジャーヨウ!」(加油!加油!加油!「力一杯頑張れの意味を持つ応援の言葉」)という声が会場の隅から隅まで響き渡り他の音は全てかき消されてしまいます。と言うことは今回51個の金メダルを含め100個のメダルを中国は取ったので、あちこちの会場で凄まじいジャーヨウコールが湧き上がったことになります。中国の選手と対戦した他の国の選手たちは大変なアウェイ感を持ちながら戦ったということになります。
8月16日、女子レスリング55kg級の試合に臨んだ吉田沙保里選手の1回戦、2回戦、そして準決勝までの戦いぶりを、北京のテレビ東京のスタジオで試合会場の中国農業大学からの中継映像を交え日本に生放送しました。金メダルに最も近い選手と言われていた吉田選手ですが、1回戦、2回戦は序盤の動きに本来の鋭さが見られず、これだけのレベルの選手にも多少なりとも連覇への重圧があるのだろうかと感じたものです。
ところが、私たちの生放送の最後の準決勝ではカナダの強豪バービーク選手を吉田本来のレスリングで圧倒して決勝進出を決めてくれました。冷静に考えてみると、1回戦、2回戦は相手の力量なども十分に考えて、自らがミスをすることがないよう細心の注意を払って相手を上手に処理するという戦いを展開しただけで、特に何かで苦しんでいたわけではなかったのです。そして生放送を終えて、私たちは吉田選手の応援に試合会場に出向きました。決勝の対戦相手は何と地元中国の新鋭許莉選手でした。
対戦前の私の予想では、力量においてもキャリアにおいても何処を比べても吉田圧倒的優勢と感じていましたが、問題は会場の99%が熱烈加油コールに包まれてしまうことです。それによって若い許莉選手が本来の力以上のものを発揮したら意外に許莉選手善戦ということもあり得るのかなという感じもしてきました。
3位決定戦が終わって、吉田選手と許莉選手がリングに上がった瞬間から館内は耳をつんざくばかりの許莉選手を応援する加油コールが湧き上がりました。新鋭の許莉選手も声援に後押しされるように吉田選手に良く食い下がって第1ピリオド終了。
館内の大音声の加油コールの中、第2ピリオドは開始早々から吉田選手の動きが鋭さを増してきました。元日本チャンピオンだったレスリングの師である父栄勝さんをしても沙保里のタックルだけは飛び込んでくるタイミングを察知することは誰にもできないと言わしめた、吉田選手の猛烈に素早いタックル。まるで、カメレオンが一発で獲物を舌に巻き込むような感じだと言われた吉田のタックルがついに許莉選手の右足を捉えました。本当に見事な片足タックルで、すぐさまバックに回り腕を取ってあっという間のフォール勝ちとなりました。
あまりの素早さに中国の応援団は呆気にとられ瞬間言葉を失い、館内で一体何が起きたのだという驚きが支配して、音が無くなりあれだけ熱狂の大音声につつまれていた体育館に何秒間かの静寂が訪れたのです。正直中国の人たちも吉田選手の強さに呆れ、舌を巻いて黙るしかなかったというようでした。これほどのアウェイの状況の中で自分の力をきっちり出し切った吉田選手に私自身頭が下がりました。そして涙が滲んでくるのを感じました。
表彰式では中国の人たちも圧倒的な強さの吉田選手に拍手を送っていました。銀メダルの許莉選手にも私は健闘を称えて一際大きな拍手を送りました。すると、1列前の中国の若者が振り返って、「中国の選手に大きな拍手を送ってくれて有難う」とにっこり微笑みながら声を掛けてくれたのです。些細なことでしたが一人の日本人と一人の中国人の間に僅かばかりの心の交流が生まれた感じがして嬉しかったです。
「北京オリンピックを振り返って2 鳥の巣スタジアム」
- 2008年9月 4日 14:52
- スポーツ
北京オリンピックを象徴するものの代表は何といっても鳥の巣スタジアム(国家体育場)です。オリンピックが始まる前からその特徴のある佇まいは何かと注目されていました。私自身も構造的にどんな具合になっていて、機能的にはどのようなメリットがあるのかなど大変興味を覚えていましたので、入場するのが楽しみでなりませんでした。
フォルツォークとド・ムーロンというスイス人の高名な建築家が創ったということは聞いていましたが、建造物というものは例え形態的に美しくても得てして機能的には問題を抱えていることが多く、一見不思議な感じのこのスタジアムも果たして如何程のものだろうかと素人ながら少しばかり疑問を持ちながらスタジアムへ向いました。
私たちのホテルから何となく目と鼻の先にあるような感じでいたのですが、歩いてみると中々鳥の巣へ近づきません。スケールが大きい建物なので近くにあるように感じられますが、実は結構な距離があるのです。漸く辿り着くと、おそらく中国各地からやってきた人たちが親子連れ、カップル、そして仲間同志と、鳥の巣スタジアムを背景に笑顔で記念写真を何枚も何枚も撮り続けていました。ふと東京オリンピックが行われた44年前を思い起こして、私たち日本人もそうだったなと彼らの気持ちがとても良く判るような気がしたものです。
広いスタジアムをぐるり半周して報道関係者入口から中に入り、2階記者席に腰を下ろして場内を見渡すと、「何という素晴らしい競技場なんだ。これは凄い」。3階席まで超満員。9万1千人の観衆が見つめるトラック、フィールドの美しさ歓声の響き具合、何処を取っても一見したところでは欠点らしきものは何も感じられませんでした。今まで見たことのない豪華で格調のあるスタジアムに私は完全に魅了されてしまったのです。
さて陸上競技の初日トラックとフィールドで次々に予選が行われて行きます。
注目の男子100m第2予選では注目のウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が走りました、スタートの反応速度は8人中7番目でしたが、30m付近からの加速は圧倒的で、50m付近では先頭に立ち、80m辺りでスピードを緩め横を見ながらのゴールイン。タイムを見てびっくり、9秒92なのです。明らかに8分の力で走ってこのタイム。何というランナーなのでしょうか。100mは本格的に取り組んでから長い時間が立ったわけではないというから驚きです。この時点で決勝でのボルトの勝利は固いものに見えました。ライバルのパウエルもゲイも存在そのものが霞んで見えました。
また、400m障害予選の日本勢為末選手、成迫選手の走りも見ることができました。成迫選手には昨年ほどの切れがなく、為末選手も持っている力を全部ぶつけてレースに臨みましたが、両者とも予選を通過するだけの力は残っていませんでした。二人のレースは私たちの目の前からスタートしていくだけに、応援に力が入りましたが残念でした。
女子の7種競技、3000m障害、円盤投げ、10000mなどプログラム通り行われたこの日、何時までもこのスタジアムで楽しんでいたいなという気分でしたが、翌日の放送の打ち合わせもあったため思いを残して鳥の巣スタジアムを後にしました。
勿論このスタジアムもさまざまな問題を抱えています。蔦が絡まる文様になっている鳥の巣は鉄でできた競技場です。ということは錆び止めなどの補修だけで毎年何億円、否それ以上の費用がかかると言われています。これだけの立派なスタジアムをどんな催しにどれくらい有効に使い続けることができるか問題は山積しています。長い時間が経過したときに間違っても本当の鳥の巣にならないよう、素晴らしいスタジアムであり続けることを祈りたいと思います。
「北京オリンピックを振り返って1 開会式」
- 2008年9月 1日 14:43
- スポーツ
テレビ東京の「北京オリンピック2008」放送のため8月10日から18日まで北京に行っていましたが、IOCのよる制約もあり期間中は写真の使用も含めブログが書けませんでした。そこで閉幕から一週間を経過した今、オリンピックを振り返って総括的な印象論を綴ってみたいと思います。もっとも滞在は僅かわずか9日でしたので余り細かいところまでは触れられませんが。
開会式はまだ出発前でしたので自宅のテレビで視聴しました。中国の長い歴史を動く絵巻物で表現するという手法が新鮮で人員の凄さ、彩りの鮮やかさ、コンピュータを連想させる点滅するボードなど、それまでの開会式がせいぜい3次元の表現に留まっていたのに対し、正しく4次元の世界に私たちを誘うスケール感が見ている人たちを圧倒したことは間違いないと思います。このオリンピックのために中国政府は4兆円以上のお金をかけたというのですからその圧倒的なスケールは彼らから見れば当然という感じではないでしょうか。
総合演出を担当したチャン・イー・モウ監督の仕事ぶりは、構成力、演出力、統合力どれを取っても素晴らしく、スピルバーグ監督が辞退して責任を負う形になったとはいえ、チャン・イー・モウだからこそできた演出ではなかったでしょうか。歌を歌った美少女が口パクだったとか、CGが多用されていたとか幾つかの批判も出ていますが、それは演出の範囲内のことであって然程問題にするほどのことでもないと思います。勿論もっとコンパクトなものにした方が良いなど色々な見方はあるでしょう。
でも恐らく、中国としては自国が現在如何に優れた水準にまで到達しているのかを何としても世界にアピールしたかったはずですからこのような手法をとらざるを得なかったのでしょう。それよりも問題だと感じたのは、204もの国と地域が参加しているので入場行進に時間がかかりすぎることです。テレビの視聴者も場内の観客も疲れ気味になってしまうのではないかと思いましたし、何よりもこれから競技を行う選手たちにも大変な負担になってしまうのでと心配までしてしまいました。各国ごとの入場行進の参加者をもっと絞って時間の短縮を図ることが急務だと私は思います。取り敢えず開会式は世界中に強烈なインパクトを与える効果があったと言えるでしょう。勿論開会式は中国の表の顔が見えただけで、中に潜むさまざまな問題は簡単には見えないようになっているとも言う向きもあります。(続く)
「松井秀喜選手の思い」
- 2008年7月29日 16:22
- スポーツ
松井秀喜選手が膝の手術に踏み切るのかどうか注目されていましたが、手術はせずにリハビリを続けながら膝の回復を図り試合へ復帰する途を選んだとヤンキース球団が発表しました。
去年右膝の手術を担当したロデオ医師の診察を受けた上で結論を出すことになっていたそうで、ロデオ医師は現実に右膝を治療したこともあり、手術医の立場から左膝も手術した方が良いと勧めたようでした。一緒に立ち会ったキャッシュマンGMは、これで松井選手も手術に踏み切るだろうと考えながらヤンキースタジアムに帰って来て記者たちに発表する心算だったとのことです。ところが、念の為と思って松井選手に「どうする」と尋ねますと、意外にも「手術はしません。回復を待って試合に出てチームに貢献したいと思います」という返事が返ってきたということなのです。
ロデオ医師の所から球場に帰るまでのたった30分の間に松井選手の考えが変わったことにキャッシュマンGMは相当驚いたようです。そのため、記者発表時のGMのコメントには少し冷たいニュアンスが含まれていました。「彼はチームに貢献する途をえらんだ。しかし彼が復帰しても外野手として戻ることは無い。DHでホームランを打ってジョギングでホームに戻れれば良いのだが」
このコメントを見れば如何に松井選手の決断が彼にとって意外だったかが想像できます。残念なことに、もうヤンキース生活6年目になる松井選手の基本的な考え方がまだキャッシュマンGMには完全には理解してもらえていないのだなという気がします。
松井選手は、野球というのはチームスポーツであり、第一にチームが勝つことを目標に頑張らなければならない、そのために場合によっては自分を犠牲にすることも当然であるという考えを誰よりも強く持っている人です。そのためにこそホームラン狙いを捨て、その場その場の状況に合わせたチームバッティングを徹底してきました。できる限り試合に出てチームの勝利に繋げたいと力を尽くしてきたわけで、トーリ前監督などは松井選手と常に話し合いをして彼のそんな気持ちをしっかり汲み上げてくれ、人間としての松井選手に十分な敬意を払ってくれていたのです。
勿論GMとしての立場もありますから簡単には言い切れませんが、松井選手の考え方をもう少し理解していて欲しかったなと思います。
実は、タンパでバッティング練習を始めた時鋭い打球を飛ばしている、という二ュースが入って来ました。そこで、二ュースを聞いて嬉しいというメールを送った翌日、松井選手からは「折角良い感じで練習ができたと思ったのですが、また膝が腫れてきてしまいました。二ューヨークに戻って腫れが引くまで練習はストップします。手術はしません」というメールが届いていたので、今回の決断は当然のこと思ったのです。
GMもジラルディ監督も、トーリ前監督のように、本当に純粋にチームの為に貢献したいという松井選手の心の中の思いをもう少しだけ理解してくれると良いなと思いました。以前にも書きましたが松井選手は自分の体については極めて繊細な感覚を持っていて、自分で無理をして体を壊してしまうようなタイプではありません。膝の腫れまでは感知できませんでしたが、これはいわば誤差の範囲内みたいなものです。そのことに確信があればこその手術回避の判断だと私は思っています。
残された時間はそんなに沢山あるわけではありませんが、元気にグラウンドに戻ってきて、ヤンキースの優勝に松井選手が少しでも貢献できるように祈りたいものです。
「男子柔道日本代表選手 取材」
- 2008年7月17日 11:23
- スポーツ
北京オリンピック関連の取材を続けていますが、今回は男子柔道です。
ナショナルトレーニングセンターの柔道場に入ると広い、広い道場が目に入ります。試合用のラインが引かれたスペースが6面ゆったりと取られそれ以外のスペースでも稽古が十分に行えるように配慮されている素晴らしい道場です。そこに100人を超える黒帯の強化選手や全日本クラスの選手が加わってオリンピック代表選手と最後の合宿を行っているところでした。100人以上の選手群が一斉に動き出し、素早い動きで試合形式の稽古を行っている様は壮観としか言いようがありません。
それぞれのパートにコーチ陣が居てその場その場に応じた指導ができるようになっていて稽古が実に効率的に行えるのです。一寸遅すぎたという感じはありますが漸く格好の練習場が出来たなと思いました。
さて男子の代表選手は7人、60キロ級平岡拓晃選手、66キロ級内柴正人選手、73キロ級金丸雄介選手、81キロ級小野卓志選手、90キロ級泉浩選手、100キロ級鈴木桂治選手、100キロ超級石井慧選手というメンバーです。
アテネでは3つの金メダルを獲得した男子ですが今回はそう簡単には行かないだろうと見られています。絶対の強さを持った選手が居ないからどうしても強気の見通しが立て難いということでしょう。
重量級の泉、鈴木、石井の3選手は、金メダル以外は考えの中には無いと言い切っていました。その中では一時は柔道を止めようか、いや止めなければいけないのではないかとまで思ったという泉選手が闘争心を取り戻し、落ち着いた表情で北京への思いや見通しを語ってくれたのが特に印象に残りました。精神的に高いレベルに到達しているなと私には感じられました。
後はどうしても私たちテレビ東京が担当する81キロ級の小野卓志選手が気になりました。間もなく第2子が誕生するということで北京に因んだ名前を考えているそうです。女の子なら京愛(けいな)か京夏(きょうか)のどちらかにしたいと話していました。子供たちの為にも頑張らなくてはというのは男にとっては結構大きなエネルギーになるものです。
小野選手は代表権を獲得するまでが大変でした。4月に行われた韓国済州島でのアジア選手権で苦しみ抜いた末に優勝して代表権を手にしたのです。もし早々と負けていれば日本が初めて柔道で代表枠を失うことになったわけで、彼に掛かったプレッシャーは大変なものだったと思います。「考えてみればこれ以上は無いというくらいのピンチを次々に乗り越えて来たのだから怖いものは何も無いですよね。その気持ちで試合に臨んで下さい」と私が言いますと、小野選手は答えてくれました、「その通りです。その気持ちで頑張ります」と。代表選手の中ではイケメンの柔道家のその表情には確信に満ちた微笑がありました。このクラスは外国勢が強いので苦しい戦いを強いられるとは思いますが、タイトロープを渡って来た男の強さをみせて貰いたいものです。
「卓球日本代表選手取材」
- 2008年7月16日 12:41
- スポーツ
北京オリンピック卓球日本代表チームを取材しました。
男女共最後の合宿を行っている段階で練習を公開しインタビューにも応じるということで
取材陣も大集合となりました。
男子代表は韓陽選手(29)、水谷隼選手(19)、岸川聖也選手(21)、に宮崎義仁監督(49)。そして女子代表は福原愛選手(19)、平野早矢香選手(23)、福岡春菜選手(24)、に近藤欽司監督(65)。男女ともに考えられる最高のメンバー編成ができた日本代表チームだと思います。
今大会はアテネでは無かった団体戦が設けられ、日本にとってはメダルの可能性が出てきたことでチームのモチベーションは非常に高くなっています。と言うのも、ご存知のように世界選手権の団体戦では女子は4大会連続の銅メダル、男子も今年2月の中国広州大会で銅メダルを獲得しているという実績があるからです。
今回の北京では、団体戦ではシングルス2試合のあとダブルス1試合を行い、そのあとシングルス2試合で合計3試合を制した方が勝つという仕組みに成っています。そして3人の選手はシングルス2試合かシングルス1試合、ダブルス1試合の何れかに登場しなければなりません。試合が行われる順番から言っても、チーム全体に与える影響力から見てもダブルスの持つ意味が相当大きいことは明らかです。
男子では水谷選手と岸川選手が組むことは決まっていますが同じスヴェンソンに所属し、二人ともドイツブンデスリーガでヨーロッパ勢と戦ってきたキャリアにも共通性が有り、コンビネーションはとても良くかなり高い確率で勝利の計算ができそうだと監督は強調していました。シングルスでは水谷選手の進境、成長が素晴らしくどの選手と当たっても勝てる確率が高まってきているので心強いと宮崎監督も胸を張ります。
もう一人の韓選手はマイペースを崩さないイメージを周囲にも与える選手でした。ところが出身地の中国でのオリンピックということもあり、日本に帰化はしたけれど自分が頑張っていることを中国の人々にも見て欲しいいと一念発起して、徹底的な走り込みで体を絞り、アルコール類も殆ど口にしなくなり、結果的に動きがシャープになりスタミナもついてきたそうです。監督は、韓選手は言われたことはきちんとやる素直な選手なんですと嬉しそうに話してくれました。
女子はシングルス全日本チャンピオンの平野選手が中核になっていて闘志の炎をめらめらと燃やす。福岡選手は表面的にはその闘志を内に秘めるタイプですが胸の中には何時も戦略や戦術が行き来するインサイドワーク派。そしてその二人を上手に繋ぐ心の柔軟性を豊かに有している福原愛選手という感じで、コンビネーションの良さはこれ以上望めない程素晴らしいものに思えました。鍵を握るダブルスは平野選手、福岡選手の可能性がもっとも強く福原選手、福岡選手の可能性もあるとのことです。
男女とも外国勢が非常に強い卓球ですが監督の思い通りにことが運んだとすれば、共にメダルの可能性は十分あると思えてきました。
彼らの奮闘振りは是非テレビ東京の放送をご覧下さい。
「日本ダービー」
- 2008年6月 3日 19:52
- スポーツ

二年ぶりに日本ダービーを観戦しに東京競馬場に出かけました。
前日の雨が嘘のように素晴らしい天気になり悪化していた馬場コンディションが何処迄
回復するのかファンには予想の上でも大変気になるところでした。専門家達の指摘では完全な良馬場迄は回復しないだろうと言う声が多かったようです。
この日ダービー観戦に東京競馬場に集まった人はおよそ12万5千人、バブル時の平成2年のダービーの19万6517人に比べると少なくなりましたが私にはこの競馬場にとってはこれ位が適正規模の人数ではないかと感じられました。
一般の人には分かり辛いのですが競馬サークルで生活している人達にとってダービーは一年の中で特別な一日で、例えて言えば普通の人のお正月に相当するものです。競馬関係者の生活はダービーを中心に全てが回っていると言っていいでしょう。したがって馬主、調教師、騎手、厩務員達にとって最大の目標はダービーを制覇することなのです。
かつて騎手時代スピードシンボリ等で大活躍した野平祐二さん(故人)はダービーだけは縁がなく4着が最高の成績でした。イギリスやフランスで競馬関係者と話をする度に彼等がダービージョッキーと向き合った途端に襟を正すのを見てつくづく自分がダービーに勝てなかったことをとても寂しく感じたと語ったことがあります。調教師になってからはシンボリルドルフを三冠馬に仕立てあげた人でさえ、騎手時代にダービーを勝てなかったことを悔やんでいたところにもダービーに対する思いの強さが感じられます。
そしてダービーが終わると新たに2歳馬達がデビューし始めます。つまり来年のダービーを目指してサークル全体が動き出すのです。と説明すれば、ダービーの日が競馬界のお正月だということがお分かり頂けるでしょう。

さて肝心のレースではディープスカイが直線で一気のゴボウ抜きで優勝、関係者は歓喜の
涙に包まれたということです。ディープスカイの勝利が素晴らしいと思うのは競馬界全体がシステム化され大規模な牧場でなければ存続が難しい状況で、笠松牧場という小さな牧場で生産されたサラブレッドが何と8000頭余りの頂点に立ったことです。規模の小さい牧場がどんどん淘汰され廃業する農家が多い中同業の人達に希望の灯を灯す勇気を与える快挙だったと言えるでしょう。
馬券は当たりませんでしたが牧場及び関係者の皆様に心から祝福の言葉を送りたいと思います。
「松井秀喜選手の好調の理由は」
- 2008年6月 2日 23:49
- スポーツ
ニューヨーク・ヤンキースは現在、アメリカンリーグ東地区で下位に低迷し、勝率5割を確保するのもやっとという感じです。
しかし、その中にあって独り松井秀喜選手は開幕から非常にコンスタントにヒットを打ち続け、大リーグ挑戦6年目の今年は4月、5月に関して言えば最高の成績を収めています。
好調の理由はいくつか挙げることができますが、第一に誰もが言うように結婚して家庭を持ったことが大きいと思います。これまでは外食が多かった訳ですが、奥様が松井選手のコンディションなど色々考えて料理を作ってくれるそうですし、何より料理の腕前が見事でとても美味しいとのこと、これは最高ですね。何を食べるか自分で思案する必要がなくなった訳でその上、同時に彼を支える会話がテーブルをはさんで交わされている様子が目に浮かびます。思えば結婚発表直前でしたが私とのインタビューの中で自分の好みのタイプは日本的で控え目な人、それでいて自分をきちんと支えてくれる人だと明言していました。結婚によって自分にとって全てが整い、家庭が明日へのエネルギーを再生産する母港となったのだと思います。
第二に大リーグ六年目の今年、バッターとしてある種の集大成的な答を出したいという意気込みも好調の理由になっていると思います。対話の中でバッターとして最も大切なことは打率3割を超えることですと彼は断言しました。この二ヶ月のバッティングを見ていると何よりもヒットを打って出塁すること、何処まで幅のある打撃ができるのか自分として答えを出したいと考えているように思えます。
第三に、どんな重圧でも撥ね退ける偉大な力を松井選手が持っていることも大きいと思います。キャンプ入りをする直前の彼のランニングはちょっと痛々しい感じがする程、手術した右ヒザを庇ってのものでした。正直これで開幕に間に合うのだろうかと私もとても不安を覚えたものです。元気な時を仮に100としたらその時は60位という感じでした。しかしそれからの日々、毎日毎日自分自身で入念にチェックしながら、本当に少しずつ少しずつコンディションを整えていき、遂に開幕戦は8番DHとスタメン入りを果たしたのでした。スタメン入りを知った時、この人は本当にとても慎重な努力家だなと感服しました。
いつも傍でサポートしているN.Yヤンキース広岡勲広報担当は「松井選手は熱くなりすぎてペースを上げ過ぎて自分を壊してしまうようなタイプの人間ではありません、自分の体についてはとても神経質な男です。彼を信頼しています」と語っていたことを思い出します。自分の体のことを良く知り、そして気を配った上で実に計画的に回復を図って、それをやり遂げた。そもそも今年は最悪の年。レギュラーすら保証されていないと言われていましたが、その逆境を見事に覆す大きな力を持っていたことを物語っていると思います。
第四に彼の人間性に惹かれる人達が多く、心からの励ましを送ってくれていたことも大きかったと思っています。キャンプ地のフロリダ・タンパでは男性も女性も大人も子供も列を作って松井選手にサインを求めていました。丁寧にサインをする彼にアメリカのファンから「アリガトウ マツイ」、「ガンバッテ マツイ」という日本語の声援が沢山飛んでいました。ある女性ファンは「一昨年左手首を骨折した時、松井選手はファンに向って『皆さんに心配や迷惑をかけて本当に申し訳ありません』と謝罪したのよ、こんな選手は今迄一人もいなかった。松井選手は本当に素晴しい。人間として最高だと思う」と話してくれました。
これ程までも人間性を評価されている日本人が他にいるだろうかと思うと、胸の中に熱いものがこみ上げてきたものです。そんなファンの声に今年こそ応えなければならないと彼の胸の中にはそんな思いもしっかり築かれているのだと思います。今年は今迄とは違う、そんな松井選手の今後を温かく見守りたいと思っています。
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