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        <title>草野仁の日々是精仁</title>
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        <description>草野仁の公式ブログです。</description>
        <language>ja</language>
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            <title>「絶えぬ飲酒運転」</title>
            <description>このところ何とも痛ましい轢き逃げ死亡事故が大阪で連続して起きてしまいました。大阪市内で早朝道路を横断しようとして車に轢かれ3キロも引き摺られて亡くなったのは不動産会社でマンション販売の実績を挙げていた若手有望社員でした。そして今度は富田林市で新聞配達中の16歳の少年をはねた車が6キロもそのまま少年を引きずって死亡させて逃走するという信じがたい事件が起きました。被害に会った少年は200軒の配達を一生懸命こなし、前日初めての給料を貰ってお爺さんに好きなお酒でも飲んでと数千円をプレゼントしたばかりだったという思いやりのある少年の姿を偲ばせる話も聞かれました。

二つの轢き逃げ事件はともに運転手が飲酒をした上で車を運転して起こしたもので、飲酒そのものがばれると拙いという判断で現場から逃げようとして、被害者が車に挟まれていようと何であろうと関係なく何キロもの長い道のりをそのまま引き摺って逃走するという普通の神経ではとても考えられないものです。勿論道路交通法では、運転者は人身事故を起こしたらまず何を置いても被害者の救助を図らなければならないと定められており、現場から逃げるということは被害者がどうなっても良いと考えたことになります。従って仮に被害者が死亡すれば未必の故意による殺人と言ってもいいものだと思うのですが、残念ながら現行法ではそのようには解釈されないようです。

さて、私たちが日常ごく普通に足代わりに使っている「車」とはどのようなものなのか、今一度良く考えてみる必要があるのではないでしょうか。どんな所へも自分の思い通りに行くことができる「車」は文明の利器の最たるもので、誰にとってももはや「車」無しの生活は考えられません。しかし、「車」は使い方を誤れば一転して人間に牙をむく「凶器」となるものであり、だからこそ慎重にかつ丁寧に法律に従って扱われなければならないものなのです。そのことを忘れてしまっていると、いい加減な気持で車を運転して事故を起こすことに繋がってしまうのだと思います。

従って、車の運転教育をする第一段階で車はまず慎重にそして丁寧に扱わなくてはならない。そして、車を運転するときは遵法運転を何より心掛けねばならないことを徹底して叩き込むことが必要だと考えます。つまり、飲酒運転に代表されるような法律を度外視するような行為は許されない罪であることを運転者の胸に深く刻み込むことが大切なのです。

そして、実際のペナルティも酷く厳しいものにすれば良いと思います。飲酒して車を運転したら、事故は起こしていなくても即免許剥奪は当然、否もっと厳しい罰を用意しても良いのではないでしょうか。未だに絶えない飲酒運転による死亡事故のニュースを聞くにつけ、飲酒運転を根絶するには本気で取り組まないと大きく改善されることはないような気がします。

更に、事故を起こして被害者を置いてそのまま逃げるなど、救護策を講じなかった場合にも最も重い刑罰を課すことも視野に入れる必要があるものと考えます。この期に及んで、危険運転致死罪を適用するのは困難ではなどという議論をしている段階では無い筈です。性善説のみに立脚してものを考えることはそろそろ改めて欲しいと考えているのは私一人だけでは無いと思うのですが。</description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日々の思い</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 19 Nov 2008 15:27:24 +0900</pubDate>
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            <title>総理の周りには</title>
            <description>安倍晋三氏、福田康夫氏と二人の総理大臣が相次いで任務を投げ出して辞職するという、おそらく世界中を見回しても例がない異常事態の中で誕生した麻生太郎政権だっただけに、今度はどんなことが起きようとも男らしく総理大臣としてその任を全うしてくれるだろうと多くの人たちが期待していたはずなのですが、どうも雲行きが怪しくなって来たような感じです。

麻生氏の総理大臣としてのイメージの中には常に祖父吉田茂元首相が在るため、強いリーダーシップを発揮して、時に独断ででも施策を打ち出してくるのではないかという期待感がありました。ところが解散を巡って何度も気持ちが揺れ、そして連立を組むパートナーの要請とはいえ定額給付金の案件を巡って手続き面の調整で二転三転し、最後は市町村に丸投げするという決断の悪さを披露してしまい、想像していた麻生太郎とちょっと違うぞと感じさせられるところが出てきてしまいました。

そして更に基礎的な国語力に欠けるとしか思えない誤読を繰り返して、この方は本当に大丈夫なのだろうかと心配が先に立つ状況になってきています。「踏襲」を「ふしゅう」と読み（「ふしゅう」というと「腐臭」くらいしか思い立つ言葉はありません）、「頻繁」を「はんざつ」と読む。読もうと思ってもそうは読めませんが、「未曾有」を「みぞゆう」と読む。挙句の果てに株式市場の「前場」を「まえば」と一瞬言い間違えてしまうなどちょっと考えなれないミスの連続です。誰もが読み間違えてしまうようなものならまだしも、上記のような間違いは辛すぎます。

このような失態をこれ以上招かないように早急に組織作りを行うことはできないのでしょうか。アメリカであれば演説に関しては専門のスピーチライターがいて読み間違いなど無いように準備が整えられていますし、身だしなみに関してはヘアメイクからコーディネートまで「我らが大統領」を最高にショーアップするためのシステムが出来上がっています。我が国でもそろそろ、最高指導者については格好よく映り、仕事の上で防げるミスは防いで馬鹿馬鹿しい過ちで信頼感を損なうようなことのないように守ってあげる態勢を整えるべきだと考えます。それにしても「ふしゅう」や「はんざつ」の誤読は無いですよね。意味が通じないのですもの。</description>
            <link>http://kusanohitoshi.com/hibikore/archives/2008/11/post-26.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日々の思い</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 14 Nov 2008 15:08:54 +0900</pubDate>
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            <title>「名将　渡辺久信監督」</title>
            <description>今年の日本シリーズは第７戦までもつれましたが、結局埼玉西武ライオンズが読売ジャイアンツを降し13回目の日本一の座につきました。私自身第2戦を東京ドームで観戦しましたし、他の試合の生中継も運良くテレビで見ることができたのです。往年の日本シリーズを数多く見てきた立場からすると選手たちはやや小粒な感じに映りましたが、全体に見所が多く面白い日本シリーズだったと思います。それが証拠にテレビの視聴率も第7戦では28.2％を記録しました。

今回は特に西武渡辺久信監督の一挙手一投足をじっくりと観察しながら、その采配に注目して全試合を見ていきました。印象としては、新人監督とは思えないほどどっしりとした落着きを感じさせるもので、仮に失敗があったとしても表情の中に一切感情の動きや動揺の影すら見せず、もともとイケメン投手と言われていた人だけに、表情の中にとてもきりりとした凛々しさを湛えていて信頼できる監督だという印象を持ちました。

特に、投手出身の人だからとも言えますが一人一人の投手に対する扱いは見事なものがありました。その時その時の投手の心理状況が全部理解できているだけにどの投手も次の試合へのモチベーションを落とすことがないように愛情ある配慮が為されていました。ですから、例えリードされていても、試合で負けても、じめじめせずカラッとしていてベンチの中の結束力が強いのだなということをつくづく感じさせられたものです。

最終戦の投手起用も日本シリーズで勝利を経験していないベテラン西口の闘志に火をつけて先発に起用。2点を取られたものの、後を受け継いだ石井一久そして涌井が監督の思いに応える熱投で試合の流れを引き寄せ、逆転勝利に繋げました。監督としてのこのような素晴らしい才覚はどの様にして育まれてきたのか、私としては是非本人に会って直接お話を聞いてみたいなと思っていたところ、昨日の日刊スポーツに渡辺監督が手記を寄せているのを発見。読んでみてその理由が分かりました。

その手記によりますと、選手として西武を自由契約になった後、誘ってくれた数球団の中から最も条件の良くなかったヤクルトを選んだそうです。それは当時監督だった人間野村克也に魅かれたからとのこと。彼から野球についての考え方を学び、後に台湾に移ってからの3年間で思い通りにできない選手の気持ちがわかるようになって、教える引き出しが増えたとのことです。この辺りが監督としての立派な基礎になっているようですね。

さらに、他人と同じことだけはやりたくないと感じ、他人が1、2歩踏み出すのなら自分は5、6歩踏み出して新しい監督像を創ろうと努めてきたということです。チーム内で問題が起きたら全部自分が責任を持つ。その代わり変な妥協だけは絶対にしない。例え首を切られることがあっても自分が目指したことはきちんとやり抜くことをモットーにしてきたそうです。

そういう考えで渡辺監督が自らの仕事に打ち込んでいるからでしょう、その眼は鋭いけれど優しさも感じさせるとても素敵な眼だと思います。台湾での経験も有り、本人は辞退しましたが本当はWBCの監督もできる人だと私は考えています。
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            <link>http://kusanohitoshi.com/hibikore/archives/2008/11/post-25.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">スポーツ</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 11 Nov 2008 14:20:55 +0900</pubDate>
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            <title>「堀紘一さんの新著を読んで」</title>
            <description>去る10月10日に発売されたばかりの「一流の人は空気を読まない」（角川書店）を著者の堀紘一さんから送って頂き、読ませて頂きました。読み始めてぐいぐいと引き込まれとても強い納得感を抱きながら読み終えました。衰退、退廃の道を辿っている今の日本に必要なことがたくさん書かれてあり、さまざまなジャンルのリーダーに是非読んで頂きたいと思います。

堀紘一さんの父新助氏はイタリア大使、パリーグ会長などを歴任した元外交官でした。そうした名門の出身でありながら堀紘一さんは父親とは全く異なる道を歩んで自力で今日の自分を創り上げてきた人です。東京大学法学部を卒業していますが、既に高校時代にだらだらと受験勉強はしたくないと決意。そして効率的な受験対策として過去10年に遡って東大の試験問題を苦労しながら集め、徹底分析して出題傾向に特徴的な流れがあることを発見。更に問題出題者を探し当てて直接インタビューして、何故そのような流れが生まれたのかを解明した上で来るべき年の出題傾向を予想し、短い時間の受験準備で見事東大入学を果たしたというのです。単純に今年は「この種の問題が出るであろう」と山を張ることとは違い、試験問題がどのように作られ、どのような範囲までを問題の領域として出題者が考えているかという問題作成の本質を自分の努力で解き明かしたもので、発想自体が普通の高校生の域を超えています。

東大を卒業すると読売新聞の記者として活動を始めます。初任地富山では取材し原稿を書く毎日。しかし、地方都市でトップ記事となるような出来事が頻繁に起きるわけもなく、かといってじっと待っているだけではどうしようもないことに気が付きます。そこで小さな出来事でも視点を変えて纏め次第では一本の立派な記事になると考え、富山の色々な出来事に注目して、工夫した原稿を書き続け二年目には遂に先輩たちを超えるエース格の記者になっていたそうです。

これも如何に自分のクリエイティビティを発揮していくのかを考えたところから生まれた知恵でしょう。以後今の自分に甘んじることなく挑戦を続け三菱商事に入り、ハーバード大学大学院に留学し、日本人としては数少ない成績優秀者に贈られる金時計を受賞するほど頑張り続けました。そしてボストンコンサルティングに入り、数々の輝かしい実績を挙げて日本法人の社長となって多くのテレビ番組にも出演し注目される存在になりました。

でも彼の挑戦は続きます、ボストンコンサルティングを退社し、新たにドリームインキュベータという会社を興し、夢を抱いて起業したベンチャービジネスマンたちをサポートしています。そして投資を続け、特にベトナム、中国、モンゴルなどで輝かしい成果を上げています。

このように、常に自己改革を志し、狭い枠の中に留まらず構想力を発揮してsomething newを求めて燃焼してきたからこそ今日の堀さんがあるのだと言えます。堀さんは強調します。「会社でも組織の中でも、協調することだけを考えて空気読みの達人になってはいけない。自信を持って自分の頭で練り上げた独創的な構想を提案し、そのためのロードマップを提示できるような体勢を持っていなければならない。それが備わっていれば例えKYと云われても問題ない」と。

さらに堀さんは言います。「人間には失敗はつきもの。勝負に負けることもある。そこから何かをつかみ取り、ここが本当の決戦場というときには立ち上がって戦うこと。迷うことなく持っている全ての力を発揮しなさい」と。私は堀さんほどの能力はありませんが、仕事を通しての体験からいえば堀さんの主張と100％同じことを考えています。皆さんにも是非ご一読を。</description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日々の思い</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 06 Nov 2008 14:20:36 +0900</pubDate>
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            <title>「吉永さんの素晴らしさ」</title>
            <description>11月1日愈々東映映画「まぼろしの邪馬台国」が封切りになります。

テレビや雑誌などでたくさんの宣伝が行われていましたので、心待ちになさっていた方も多いのではと想像しています。長崎県島原市が生んだ盲目の文学者宮崎康平氏と彼を支え続けた妻和子の、苦労を重ねながら歩んだ夫婦の愛の物語を、竹中直人さんが宮崎康平そして吉永小百合さんが妻和子に扮して熱演した素敵な映画です。私も宮崎康平氏と同じ島原出身という縁があって端役で出演しているということは前にもお伝えした通りです。

今回東映の岡田社長から地域担当プロデューサーという肩書を頂き、映画館で上映される予告編のナレーションを担当し、プレス向けのメッセージを送り、東京国際フォーラムで開かれた完成披露試写会の司会も務めさせて頂きました。私の出演部分は本当に僅かなものですが、宣伝活動に関わるうちに次第に自分も立派な映画人であるような錯覚に陥り、この映画を何としてもヒットさせなくてはという気持ちになってしまったから不思議ですね。1シーンだけの共演でしたが、宮崎康平に成りきっていて島原弁で自在に台詞を話す竹中さん、台詞の無いところでも夫を気遣う実に細かい息遣いで素晴らしい演技を見せる吉永さん、お二人の役者としての動きそのものが圧巻であり、プロフェッショナルとはかくも卓越した仕事をされるものなのだということを教えられました。

そして、先日11月22日に椿山荘で行われた「吉永小百合シネマトーク」にもお招き頂きました。これは勿論「まぼろしの邪馬台国」公開記念の特別企画として行われたものですが、私はゲストとして後半のコーナーで20分ほど吉永さんとトークをさせて頂きました。

吉永さんは事前に私のことをしっかりと下調べをされていて、生意気だった私の少年時代の話から切り込んでこられました。そのため、先生に余り敬意を払っていなかったために色々先生とぶつかったり不利な扱いを受けたりして、挙句の果て転校までしなければならなかった体験を皆さんの前で告白する羽目になってしまいました。でも自分の反省として、少なくとも学校に行くときは先生には尊敬の念を持って通うべきだという教訓を得たこともお話させて頂きました。最後に私から見た吉永さんの人間として素晴らしい魅力のポイントなどをお話しした後、サプライズゲストの宮崎和子さんを壇上にお迎えして「まぼろしの邪馬台国」の成功を祈り、とても良い雰囲気のうちにトークショーは終了しました。

その2日後、吉永さんにお礼状を出そうと便箋を手にして書き始めたところに何と吉永さんから直筆のお礼状と素敵なプレゼントが届いたのです。またまた恐縮しながら急いでお礼状を送った次第でした。ご挨拶、お礼状と本来私の方から出さねばと思っているのに、いつも吉永さんに先を越されこれで3連敗になってしまいました。吉永さんのいつも変らぬこの謙虚で人に優しい姿勢を私も早く自分のものにしたいと思います。</description>
            <link>http://kusanohitoshi.com/hibikore/archives/2008/10/post-23.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日々の思い</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 31 Oct 2008 13:18:43 +0900</pubDate>
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            <title>「分かりやすいルールを」</title>
            <description>つい先日まで、来年行われる第2回WBCの日本代表チームの監督を誰にするのか世間の注目が集り、結局原辰徳巨人軍監督に決定しましたがそれまでの紆余曲折ぶりは誰の目にも奇異に映ったことだと思います。

そもそもNPBの側から星野仙一氏にオリンピックの後はWBCもよろしくという御託宣が有り、星野氏自身も北京から帰ったあとには乗り気の発言をしていたと伝えられたことから星野氏が再び指揮を執ることは規定路線だったのではと反感を呼んでしまったことが問題の端緒です。そこから事態は奇想天外な展開を見せましたがそれには相当の理由がありました。

それは偏に星野氏の対応だったと思います。北京オリンピックの前まで星野氏は「北京では金メダル以外は要らない」と大見栄を切り、そのために外国チームの取材や視察などに相当量の資金と人員を費やし周到な準備を行いました。ですから多くのファンが素晴らしい戦いをしてくれるだろうと期待したのは当然のことです。勿論どのチームも優勝を目指しメダルに拘って戦うので、例え結果が金メダルを獲得できなかったとしてもファンは納得してくれたはずでした。

しかし、以前にもこの欄で触れたように実際は数多くの点で戦略や戦術に見るべきものがなく、同じような失敗を重ねたことにファンのフラストレーションは極度に高まっていきました。従って、帰国してからの星野氏がファンの胸中を察して素直に「自分の判断ミスがこのような結果を生んでしまいました。反省点ばかり残してしまい期待して下さったファンの皆さんに本当に心からお詫びします。もう一度勉強し直します」などというようなコメントを出していれば寛容な日本のファンはそれを受け入れてくれたと思います。

ところがそうではなく「ストライクゾーンが日本とは違う」とか｢午前中に試合を行うことに慣れていなかった｣などと理由にもならないことを挙げて言い訳をしたことが逆にファンの怒りに火をつけてしまったのだと思います。「星野仙一という男は男の中の男ではなかったのか」という思いでそうした発言を聞いていた人も多かったのではないでしょうか。更には自身のブログで「俺を叩けば週刊誌も新聞も売れるらしい。日本はいつからいじめ国家になったのか」と書いたことも、やはり潔さの無い人なのだと世間の人たちに思わせてしまったのだと思います。男らしさ、つまり潔さや謙虚さを最も持っていると思われていた人が実際は全くそうではなかったと感じたときに、星野仙一熱が冷めてしまったということでしょう。

ここが総ての出発点になっているので、WBC監督へ星野氏をという報道が出てきたときにそれはおかしいだろうというリアクションが起きたのだと思います。また、楽天イーグルスの野村克也監督やイチロー選手の星野氏WBC監督就任報道に対する異議は世論を無視して事を進めようとするNPBの動きにブレーキを掛けることに繋がりましたが、先ずファンの気持ちを忖度できないようではこの先どうなることやらと心配になってきます。

監督決定までにはさまざま複雑な動きがありましたが、「前年の日本一チームの監督が就任する」といった形でルールをあらかじめ作っておけばこれほどまでに大きな問題になるはずがなかったのです。今後同種の混乱を引き起こさないためにも今のうちに一定の判り易い基準を設けておくべきです。

考えてみるとオリンピック代表を決めるのに毎回紛糾するマラソンや柔道もそうですが、例えばアメリカのようにオリンピック最終選考会を開きそこで勝った人が代表になるという簡単なシステムを決めておけば、混乱も回避できるでしょうし世間も納得してくれると思うのですがいかがでしょうか。</description>
            <link>http://kusanohitoshi.com/hibikore/archives/2008/10/post-22.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">スポーツ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 30 Oct 2008 16:24:32 +0900</pubDate>
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            <title>「ことばの重み」</title>
            <description>ことばの重みについて考えさせられることが最近とみに多い様な気がします。とりわけ公人としての立場にある人は発言した一字一句が俎上に乗せられて議論の対象となるのは止むを得ません。それだけに発言するときには脇をしっかり固めてどの部分を責められても論破でき、それが相手の理解を得られるようでなくてはなりません。

記憶に新しいところでは麻生内閣で国交相に就任したばかりの中山成淋氏が「日本は単一民族」と事実誤認の発言を仕出かしたのをはじめ、「日教組の組織率が高いところは学力が低い」「日教組が諸悪の根源」などと発言して強い反発を招き結果的に辞任に追い込まれてしまいました。

彼自身は文科相時代全国各地の教育の現状をつぶさに見て歩き、日教組にさまざまな問題があり今日もその状況を引き摺っていることを確信していたのであのような発言に繋がったということのようですが、もし言うならば日教組のやってきたことの具体的にどの部分が問題であり何処がどのようにあるべきだったのか実証的に示さなくては話になりません。日教組の組織率の高さと学力の低さには相関関係はありそうに見えるが断定できるレベルではないと本人も認めているとのことですから、ならば具体的なデータを揃えてから議論すべきだったと思うのです。

麻生首相もかつて、日本の米が輸出されて韓国や中国に入ったとき関税などが上乗せされてキロ当たりで日本での価格より何倍ものばか高い価格になることを例にあげて、これはどちらが高いかはアルツハイマーの人でも分かると発言して、病気で苦しんでいる人たちや家族の気持ちを考えもしない配慮に欠ける発言だとして問題になったことがありました。これは同じ内容の話を別の場所でした際、この価格の違いは子供でも分かると言ってみたけど反応が鈍かったので病気の人たちでも分かると表現して受けを狙った結果だったというのですからちょっとお粗末だった感は否めません。また他にも、大雨の被害を受けた愛知県安城市や岡崎市の人たちを怒らせた「これが安城岡崎だったから良かったが名古屋だったらこの辺みんな洪水さ」という失言もありました。これらは善意に解釈すればできるだけ分かり易く砕いて話そうと思ってのことでしょうが、比喩表現はどのような立場にいる人が聞いても適切なものでないと誤解を招き自ら墓穴を掘ることになってしまうのです。

今年も213本のヒットを打ち8シーズン連続200安打以上を記録したシアトルマリナーズのイチロー選手にもハッとさせられる発言がありました。8年連続オールスターにファン投票で選出されるという快挙を成し遂げたとき、彼は言いました。「ファン投票で選出されるメンバーを見ていて、年々歳々メンバーが小粒になっていくなあと思っていたけど今年ほど地味な顔ぶれはない」と。確かにこれは彼の実感だったのでしょう。だがしかし、アメリカの野球ファンがこの発言に素直に肯くでしょうか。自分の実感であっても表現が余りダイレクト過ぎると反感を招く恐れが十分にあると私には思えます。何故ならアメリカの野球ファンは大リーグこそ最高のプレイヤーたちが揃っている場であり、どの時代でもオールスターファン選出メンバーは地味なメンバーではありえないと考えています。

またつい最近、ソフトバンクホークスの王貞治監督が今シーズン限りでユ二フォームを脱ぐとニュースで伝えられたとき、アメリカから日本人選手たちのコメントが紹介されました。その中で、イチロー選手が「王さんは選手として凄い記録を残しただけではなく、人間としての器の大きい本当に尊敬できる人です」という完璧なコメントを出していました。ところがそのあと更に発言が続き「野球界には尊敬できるような人はほとんどいませんがね」と語っていたのです。野球界の先輩方の中には、「え、それはどういうこと」と引っ掛かりを覚える人も多かったのではないでしょうか。これもイチロー選手の正直な気持ちだったのでしょうが、多くの人に抵抗を感じさせてしまっては損だと思います。

この場合、「野球界に心から尊敬できる人がそんなに沢山いらっしゃるわけではありませんが、王さんだけは別格です。選手としても破格の記録を残されたけれど、一人の人間としても器の大きい無条件で尊敬できる方ですね」といった言い方であれば誰にとっても違和感を覚えさせないコメントであったのにと思います。このように、良かれと思って発した発言が本人の意図通りには受け取られないことがあることをよく考えて慎重なコメントを出すような習慣をつけておくことがとても大切だと言えます。とりわけ公人や誰からも注目される存在の人たちにとっては。</description>
            <link>http://kusanohitoshi.com/hibikore/archives/2008/10/post-21.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日々の思い</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 16 Oct 2008 13:43:59 +0900</pubDate>
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            <title>「故郷の寂しい現実」</title>
            <description>以前にこのブログでも触れた東映映画「まぼろしの邪馬台国」の完成披露試写会が先月29日、有楽町の東京国際フォーラムで行われました。私自身も歴史シンポジウムの場面で司会者役としてほんの少しだけ登場させて頂きましたが、物語の主人公である宮崎康平氏と同じ長崎県島原市の出身ということもあって東映の岡田社長から直々に地域担当プロデューサーに任命されておりました。映画のプロモーションのために予告編でのナレーションなどでお手伝いさせて頂きましたが、この完成披露試写会では総合司会としてステージで、主演の吉永小百合さんと竹中直人さん、そして由紀さおりさん、風間トオルさん、窪塚洋介さん、柳原可奈子さん、綾小路きみまろさんという共演者の方々、そして監督の堤幸彦さんにインタビューを致しました。その後、会場に集った1000人を超えるお客様に映画を見て頂いたのです。

当日会場で映画を観た知人たちにも感想を聞きましたが、感動的な夫婦物語になっていて見終わってとても良い気分になれたということです。また何といっても吉永さんが綺麗で素敵だったという声が本当に多く寄せられました。宮崎康平氏を演じた竹中直人さんも抜群の演技力でお客様を魅了していました。生前の宮崎氏をしている方からすればそこにご本人がいるかのようにとても似た雰囲気を醸し出していたとのことです。

翌日からは、吉永さんそして竹中さんと二手に別れて九州北海道東北等全国各地でのプロモーション活動が始まったのです。その一環として私も、吉永小百合さん演じる宮崎和子氏の少女時代の役でスクリーンに登場した宮崎香蓮さん（15歳）と島原を歩いて土地の名物料理などを紹介するテレビ番組（RKB毎日放送）の収録に参加致しました。私共のロケは10月6日に行われましたが、既に吉永さんが九州全土でプロモーションを行っていたこともあり、とても反応が良くヒットしそうな感じが伺えるということでした。今、家庭が家庭としての機能を失い、家族の絆が弱化している状況の中でもう一度家庭とは家族とはということを考え直す契機になれば良いなと思います。

ところで、実は今回故郷島原に行って驚いたことがあります。それは何と人口4万の島原に映画館が一館も無いということです。既に10年以上前からその状態は続いていたというのです。従って地元で試写会を行うためには、多目的ホールを借りてやらざるを得ないという何とも寂しい事態に陥っていたのです。

私が子供の頃は5軒くらいの映画館が島原にもありました。確かに今の時代は家庭でDVDを楽しむことが普通になっているので映画館の経営が難しいのは想像できますが、それでも一つや二つぐらいこの規模の町には映画館が有って欲しいと思うのは無理なことを願うことなのでしょうか。思わぬことでわが町の変化に気付かされた今回の旅でした。
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            <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 11:40:42 +0900</pubDate>
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            <title>「信賞必罰の原則」</title>
            <description>日本テレビ「THEワイド」が終了してから一年が経過しました。公の場で社会問題に自らの見解を申し上げることが少なくなりましたが、これだけは物申したいと思うことがあり筆を執りました。

それは、今世間を騒がせている「事故米」の問題です。黴が生えたり農薬が許容量を超えて含まれていたりなど食用にはできない輸入米を事故米と呼ぶということも初めて知りましたが、それを工業用の糊にするという名目で購入していながら偽装して食用米として転売していたことが発覚し、更にそれが一部の悪徳業者だけではなく、ほぼ全面的に当り前のように行われていたというのですから驚愕してしまいました。この件について一切の管理責任を持つ農林水産省が実質的な監視や調査など徹底しないで、農水省には責任があるとは思わないと言い切るのですから、日本も凄い国になったものだと思います。

このような有様では、毒入り餃子事件に関して日本政府が中国を一歩的に批判することにとても違和感を覚えてしまい、哀しい気持ちにさせられてしまうのは私だけではないでしょう。国際的な取り決めで一定量の米を買い上げなければならない義務があることは理解できますが、輸入に当たっては厳密な検査を行って不良品は突き返し、お金を出して買えるものを要求するのは農水省の最低限果たすべき務めだと思います。ところが実際は不良品であろうと何であろうと買うだけ買って内容の吟味もせず、黴が生えていても許容量を超える農薬が含まれていても、先方にクレームもつけられないとは恥ずかしい話で、自分たちの務めを放棄していると指摘されても致し方ないのではないでしょうか。

まして、こうして抱え込んだ事故米を工業用の糊の素材として売り出す場合、少なくも工業製品専門の業者を相手に販売しなければならないはずなのに、売り渡し先がほとんど食品業者だったというのは一体どういうことなのでしょう。厳しい言い方をすれば、後はどうなろうと知ったことではない、食品に転用されても自分たちの責任では無いという姿勢が根底にあったと言われても仕方ありません。極めて嘆かわしい状況です。

13年前、日本を恐怖の底に陥れたオウム真理教がサリン事件などの凶悪事件を引き起こしたとき、大きな反省材料として挙げられたことを思い出します。あの上九一色村に彼らがサティアンと呼ばれる施設を次々に作ったとき行政機構はほとんど調査もせず、それをいいことに彼らはサリンなどの化学兵器の製造に邁進していきました。勿論それは明らかに間違いで、不審な建物が一度出来上がれば建築基準法等現行法を緻密に運用し、社会にとってのマイナス要素を排除することに本来は行政機構が責任を負わねばならないはずです。であるにも拘らず、相手が宗教法人だからクレームを付けられたら面倒だと言うことで結局は野放しにしてしまいました。

本来自分たちの職責を果たすためには持っている権限を最大限駆使して国民のため社会のために積極的に力を尽くすべきなのに、何もしないでじっとしていた、所謂不作為の罪の大きさがそこにあったのです。今回の「事故米」問題も行政側の怠慢が国民を大混乱の中に陥れてしまったといえます。それにしても、「偽装」というものが社会全体に充ち溢れ、もはや信じられるものは無いという感じすらしてきました。

その原因の一つは、社会全体に「信償必罰」の原則が貫かれなくなってしまったからだと私は思っています。素晴らしい業績をあげた人は賞賛され、悪事を働いた人はペナルティーを受けるというごく当たり前のことがなされなくなってきたのです。

とくに、悪いことをした人たちは言い訳を述べるだけで、責任を取らなくなってしまいました。経営上の大ミス、食の安全を失わせるような行為、一生ものの買い物であるマンションの偽装など、責任者が形式的に頭を下げ謝罪を行うことを目撃することはありますが、本当の意味で責任を取った人がいたのでしょうか。このような無責任体質を放擲し、一人ひとりが各々に課された義務と責任は最低限果たす、そして出来る限り他人に優しく対処することを社会の原則にすべきだと常々思うのです。</description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日々の思い</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 03 Oct 2008 15:27:40 +0900</pubDate>
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            <title>「北京オリンピックを振り返って7　更なる発展を願って」</title>
            <description>北京オリンピックで日本が獲得した金メダルは全部で9個。前回のアテネでは柔道だけで8個の金メダルを取りましたが、今回はその柔道も金メダルの量産は難しいと言うのが一般的な見方でしたので（結果は内柴選手、石井選手、谷本選手、上野選手が優勝して4個の金メダル）、全体としてまずまず日本選手団は健闘したといって良いと思うのです。

嬉しい誤算と言っても良い競技での日本選手の活躍も目立ちました。男子フェンシングフルーレ銀メダルの太田雄貴選手の活躍（実は、サーブルでは中国の仲満選手が金メダルを獲得しているので欧米勢は東洋の剣士にやられっ放しでした。）。体操男子個人総合銀メダルの内村航平選手は、ナショナルトレー二ングセンターでの記者会見では超強気発言を繰り返していたので初出場の選手がこんなに自信満々で良いのだろうかと心配したのですが、その自信はある種の確信だったのですねと思わせるほどの大活躍。女子バドミントンダブルスの末綱聡子、前田美順組は3位決定戦で敗れたものの、3回戦で世界ナンバーワンペアを破る大殊勲。「オグシオ」に圧倒的に傾注していたマスコミ陣にもっと競技そのものを見る目を持って下さいと注意を喚起するかのような奮闘振りでした。そして女子カヌーではメダルには手は届かなかったものの4位入賞で、今後に大きな期待を抱かせる胎動が始まっているようです。

ナショナルトレー二ングセンターが創設されたことは組織的な練習が可能になって一歩前進ですが、10年20年先を見据えた全体構想ががっちりと出来上がっているようではないのでまだまだ危なっかしいところが一杯です。体協も政治家というよりはスポーツに本当の理解と識見のある人を迎えて協力を仰ぐ必要があるのではと思います。日本のスポーツをどんな方向に目標を定めて進ませるのか、市民スポーツをどう育てて行くのか、はっきりとした展望を持っている人を中心に更なる躍進、発展を期待せずにはいられません。
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">スポーツ</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 30 Sep 2008 16:47:19 +0900</pubDate>
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            <title>「北京オリンピックを振り返って6　精神的なレベルアップが金メダルを掴む」</title>
            <description>今回の北京オリンピックで日本選手団に関して特徴的だったのは、金メダルに輝いた人たちがアテネに続いて2連覇を飾ったケースが多かったということです。中でも、水泳男子100m、200m平泳ぎで共にアテネに続く2種目制覇の偉業達成の北島康介選手は4年間に人間がどのように成長していくのかを私たちに教えてくれる良き実例だと思います。

アテネで金メダルを取ったとき、インタビューに答えた喜びの声は、「超、気持ち良い」というものでした。それに対して、今回最初の100m平泳ぎで勝利を収めたときはマイクを向けられてもしばし沈黙があり、そして喜びの涙をタオルでゆっくり拭い一呼吸あって、「本当に嬉しいです」と言葉を繋ぎました。

アテネの時は勿論勝つだけの力も持っていましたが、本当の勝負の怖さまではまだ知らない若さのエネルギーが他の選手を圧倒したという印象もあったのです。それだけに、自分の気持ちだけを、ストレートに表現した言葉が「超、気持ち良い」というものだったと思います。

ところが今回のインタビューに対する答えにはこの4年間に体験した苦悩、辛さを反芻しながら自分自身の頑張り、苦境を越えてきた実感、そして自分を支えてくれた周囲への感謝、共に闘った他の選手たちへの気配りなど色々な要素が含まれていて、私には、とても好感の持てるインタビューでした。

アテネで頂点に立った後、もう一つはっきりとした目標設定ができないまま練習だけは続けるものの、調子を崩し焦れば焦るほど体も言うことを聞かなくなり、最大のライバルであるブレンダン・ハンセンに勝てなくなりもう駄目かもしれない、やめた方が良いのだろうか、という思いを持つほどまでになったそうです。でもそのポイントからの反発力が普通の人とは違うのですね。

名コーチ平井伯昌さんが北島選手のアスリート魂を刺激します。「北島の平泳ぎを完成させようよ」、自分を間違いのない方法論で導いてくれた平井コーチのその言葉にいつの間にか
北島選手は乗ってしまったようで、50mごとのストローク数をできる限り少なくしてエネルギーの消耗を減らし、大きな伸びやかな理想の泳ぎで距離の短い100mでも泳ぎ切ってレースに勝つこと、そこを目標に二人の鍛錬が始まりました。100mでは誰しも気持ちが急くのでストローク数が増え、腕の回転も速くなりがちですが、そこを慌てず大きな泳ぎでストローク数を減らして泳ぐには勇気が必要ですが、この子弟はその命題に取り組み、これこそ理想の泳ぎだという確信を持って北京に乗り込んできていたのでした。100mの予選を見た時ときにこれは北島の勝利間違いなしと確信しました。他の選手たちとは次元の違う泳ぎをしているということが見て取れたのです。

200mの決勝はさらに凄いものでした。スタートした時から、独りだけ大きなストロークで自分の平泳ぎはこういうものだということをアピールするように伸びやかな泳ぎを続け、他の選手との差をじりじりと広げていきました。北島選手の視界には他の選手は一切入ってこない感じで、独り無人の境地を行くというレースに見えました。他の選手たちは北島以外の選手たちと争うしかないというものでした。4年間のうちに圧倒的に他の選手たちとは違う領域にまでレベルアップを成し遂げた北島選手そして彼を支えた平井コーチ二人の努力に心からの拍手を送りました。

北島選手以外にも、柔道の内芝選手、谷本選手、上野選手、女子レスリングの吉田選手、伊調馨選手、がアテネと北京の2連覇を成し遂げました。皆北島選手と同じように挫折、怪我、精神的な悩みなどを乗り越えての2連覇で、それらは技術だけではなく人間としてのレベルアップがなければ辿り着けないゴールだったわけです。重厚味溢れる金メダリストが沢山誕生したオリンピックでした。</description>
            <link>http://kusanohitoshi.com/hibikore/archives/2008/09/6.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">スポーツ</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 30 Sep 2008 16:30:16 +0900</pubDate>
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            <title>「北京オリンピックを振り返って5　勝敗を決める戦略」</title>
            <description>北京オリンピックで期待に応えられなかった種目の一つが野球でした。

星野監督は監督就任会見で「金メダルしか要らない」と述べて国民の期待感を煽ったのですから、例え簡単に金メダルを取れるとは思わなかったとしても、実際には金メダルに近付く闘いをしてくれるに違いないと考えた人が多かったのは無理からぬところでしよう。

日本チームの準備は念入りだったと聞いていました。外国チームの取材、情報収集には多くの人員を投入し出来る限りのデータを集めたようでした。勿論情報戦で後れを取るようでは話になりませんので、これは当然と言っても良いでしょう。更に監督首脳陣もどんどん海外に出ることによって外国チームの視察、戦力分析を徹底したと聞いていました。今までに無かったほどお金をかけて準備をしたわけですから、関係者の期待も大きくなったのも分かります。

ただ、星野氏、山本氏、田淵氏、で構成した首脳陣には当初から疑問の声が上がっていました。と言うのも3名とも六大学時代の同期生であり、プロに入ってからも親交の深い友人同士の組み合わせなので、「それぞれの役割分担がはっきりしたトリオではないではないか」「友達同士だけで本当に大丈夫なのか」という指摘が出てきても全く不思議ではなかったのです。

もっと深い突っ込みを入れる人からは「闘いには絶対に作戦参謀が必要なのにこれでは参謀不在であり、真っ当な闘いができないのではないか」と心配の声が上がっていました。でも、何時の間にかそうした懸念の声はかき消され、北京オリンピックへと進んでいきました。

予選リーグ戦の日本対韓国戦を取材に行ったのが8月16日です。この試合は緊張感のある投手戦で6回表まで0-0のまま、試合は進み、6回裏調子が中々上がってこなかった新井が韓国の先発金の投球を捉えて先制2ランを放ちました。ベンチの気勢も一気に上がったはずです。日本の先発和田は丁寧で時に大胆な攻めのピッチングで6回までは文句なしの投球でしたが7回には上位打線と対するので交代のタイミングが問題と誰もが考えていたに違いないのです。

しかしベンチは和田に続投を命じました。すると矢張り限界が来ていたのでしょうか、先頭打者にフォアボールを与えてしまいました。それでもベンチの指示は続投、そして李大浩に粘られた末度肝を抜かれるようなライナーの同点ホームランを打たれてしまったのです。

折角苦労しながら勝ちパターンに持ち込めそうだったのに、打つべき手を打たずに一転して韓国に勝利の流れを与えてしまう形になってしまいました。その後はもう皆さん御記憶の通り、9回には、前打席大ホームランの李大浩に送りバントを許したり、岩瀬が連打を浴びてプッシュバントを決められ阿部が無用の2塁悪送球をしたりするなど、乱れに乱れて自滅。反撃も及ばず、6-3で敗れたのでした。

後で明らかになったのですが、和田には6回まで頼むという指示があったそうですが、投球内容が余りにも良かったので、急遽7回もマウンドに行ってくれという監督からの要請があったということです。極度の緊張感の中で投げ続けた和田にはもう限界だったでしょうし、6回まで兎に角頑張り通せば良いのだと信じて投げ続けた精神状況に更に7回も行けというのは余りにも酷だったでしょう。

こうした継投策にも9回裏1点を返して尚、無死2、3塁のチャンスに何の策講じられず、相手を苦しめられないままゲームセットに至りました。一方の韓国ベンチは継投策も実に細かく5人の投手を使い、攻撃の面でも実に緻密な戦術を駆使して頑張り、明らかに両チームの間にはベンチワークに決定的な差があることが見えてしまいました。矢張り心配されていた作戦参謀の不在が露わになったということです。終わってみれば4位、上位3チームに対し、0勝5敗という成績が日本チームの弱点を物語っており、全ての闘いには戦略がなければならず、良き作戦参謀無しには、勝利への道筋は作れないということを改めて教えられた北京オリンピックでした。
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            <pubDate>Tue, 30 Sep 2008 16:12:05 +0900</pubDate>
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            <title>「北京オリンピックを振り返って4　勝負の面白さ」</title>
            <description>8月15日、ソフトボールの日本対アメリカ戦を取材に行きました。

悲願となっている金メダルを取るためには、アメリカの壁を越えなければ現実のものとはなりえません。ソフトボールがオリンピックの正式種目となったアトランタ大会からシドニー、アテネと全てアメリカが優勝。日本は4位、2位、3位と善戦すれども頂点に立てないままで終わっているのです。中でも口惜しかったのはシドニー大会で、予選リーグ戦7戦全勝でトップに立っていながら、予選4勝3敗で4位から這い上がってきたアメリカに決勝戦で敗れ金メダルを逃したことです。それだけに、今回の北京を最後にオリンピック種目から外れることになっているソフトボール関係者にとっては、何としても金メダルで締めくくりたいという思いが強く働いていたと思います。

今大会、ライバルの一つであるオーストラリアを初戦で接戦ながら下して順調なスタートを切った日本はここまで3戦負け無し。一方、アメリカも2勝0敗でこの日の試合に至りました。この大事なアメリカ戦に斎藤監督はどんな作戦で臨むのかとても興味がありました。ところがいざ先発メンバーが発表されると、ピッチャーはエースの上野ではなくベテラン江本だったのです。驚きました。と言うのも、未だ予選リーグ戦の途中ですからこの試合に勝つことだけが大事というわけではないのですが、大切なことは随所に日本は侮れないぞ、意外にしぶとい面を持っているぞ、といった印象を相手に与える必要があると私は考えていたからです。ということは、この試合に全力を投入して勝利を得ようというよりは、アメリカチームの力を量ることに狙いを絞ったのでしょうか。

さて、試合が始まってみると、江本投手のボールに威力が無く立ち上がりからホームランを交えメッタ打ちにされて1アウトも取れずに4点を奪われてマウンドを降りる始末。代わった染谷もアメリカの勢いを止めることができず2本のホームランを浴び5回コールド7-0で敗れてしまいました。

残念ながら日本の良さは全く見られないまま終わってしまいました。納得がいかないまま試合後の会見にも出席しました。そこで斎藤監督に「今日は勝ちに行こうとしたわけではなかったのですね。相手の戦力を見るという狙いだったのですね」と聞いたのですが、監督は「長丁場の戦いが続きますので、今日は継投策で臨みました。思い通りには行かないことが多いのでその辺りはご理解下さい」という含みのある答えを返してくれました。

しかし、どう考えても何ら見所のない今日の試合は今後にも良い影響を与えないだろうなととても心配になってしまいました。

その後、踏ん張った日本はアメリカ以外には強さを発揮して2位で予選を終え、1位のアメリカと決勝進出をかけて戦うことになりました。
（＊ソフトボールはページ方式と呼ばれる独特の順位決定戦を行うことになっています。分かり易く言えば予選の1位と2位が試合を行い勝ったチームは決勝進出で銀メダル以上が確定。負けた方は、3位と4位のチームの戦いの勝者と対戦して、勝てば決勝戦に進むことができ、負ければ銅メダルが確定するというシステムになっています。）

さて20日、午前に行われたアメリカとの試合ですが、エース上野が良く投げ7回を終わって1-0のまま延長戦に、タイブレークの末9回に打たれて、4-1で涙を呑みました。日本は3位で予選を終え4位との対決を制したオーストラリアとこの日の夜決勝進出を賭けて試合をしなければなりません。既に日本に勝っているアメリカは翌日の決勝に臨むだけです。しかし圧倒的に不利な条件の中に身を置いた日本がここから快進撃を始めるようになるとは誰が想像したでしょうか。続くオーストラリア戦も延長12回まで戦う苦しい試合を乗り切って勝ち念願の決勝戦進出を決めました。上野投手はこの日の2試合で21イニングス（3試合分に相当）318球を投げ抜いたのでした。

そして翌日の決勝戦。上野投手は疲れているのは間違いなく、悪くすれば早い回でアメリカの強打線にノックアウトされるかもしれない、つまりアメリカ有利と多くの目には映っていたはずです。余裕を持って決勝戦に臨んだアメリカからしても、予選で粉砕した余り強さの見えなかった日本、その上にエース上野が疲れていて万全で無いとしたらもうこれはこちらのものだという思いが走っていたのではないでしょうか。

でも、勝負というのは本当に分からないものです。上野を中心に一丸となった日本チームには勝負の神様が付いたとしか言いようのない試合展開となりました。先取得点は日本、更に山田のホームランまで出てアメリカを圧倒。疲労の極にあるはずの上野は全く危なげのない冷静沈着な様子で、相手バッターの狙いを読みきって許した得点はブストス選手のホームランによる1点だけ。結局3-1で遂に夢にまで見た金メダルを日本にもたらしたのでした。総合力では劣っていてもチームが本当に一つになれば、その総合力で勝っているチームに勝つことがあるということを教えられました。

勿論、日本チームに最高の結束力を生み出したのは2日間で28イニングス（4試合分）413球を、肉体の疲労を乗り越えて最後まで明るい表情で楽しみながら投げているかのように
投げ続けた、上野投手その人です。そして他の選手たちも精神的なレベルは上野投手に負けないくらい高揚していて一丸となれたのだと感じられました。

予選リーグ戦でのアメリカ戦は私個人としては今でも失敗だったと考えていますが、でも日本の力量が全く読み取れず、結果としてはそれほど警戒を要するとは思えないとアメリカに思わせた点で結果的には良かったと言えるでしょう。それにしても、アメリカとは何度やっても簡単に日本が勝てるとは思えませんが、オリンピックの決勝戦でこういうことが起きてしまうのですから勝負はやってみなければ分からない。だから勝負は面白いのです。
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">スポーツ</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 30 Sep 2008 15:23:59 +0900</pubDate>
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            <title>「北京オリンピックを振り返って3　たとえアウェイでも」</title>
            <description>今回の北京オリンピックで目立ったのは、地元中国選手への応援の熱烈さでした。自国の選手に声援を送るのは当然のことですが、応援の一致団結振り、応援する声のボリュームの大きさ、その持続力など日本人のエネルギーを遥かに超える凄さでした。

「ジャーヨウ！ジャーヨウ！ジャーヨウ！」（加油！加油！加油！「力一杯頑張れの意味を持つ応援の言葉」）という声が会場の隅から隅まで響き渡り他の音は全てかき消されてしまいます。と言うことは今回51個の金メダルを含め100個のメダルを中国は取ったので、あちこちの会場で凄まじいジャーヨウコールが湧き上がったことになります。中国の選手と対戦した他の国の選手たちは大変なアウェイ感を持ちながら戦ったということになります。

8月16日、女子レスリング55kg級の試合に臨んだ吉田沙保里選手の1回戦、2回戦、そして準決勝までの戦いぶりを、北京のテレビ東京のスタジオで試合会場の中国農業大学からの中継映像を交え日本に生放送しました。金メダルに最も近い選手と言われていた吉田選手ですが、1回戦、2回戦は序盤の動きに本来の鋭さが見られず、これだけのレベルの選手にも多少なりとも連覇への重圧があるのだろうかと感じたものです。

ところが、私たちの生放送の最後の準決勝ではカナダの強豪バービーク選手を吉田本来のレスリングで圧倒して決勝進出を決めてくれました。冷静に考えてみると、1回戦、2回戦は相手の力量なども十分に考えて、自らがミスをすることがないよう細心の注意を払って相手を上手に処理するという戦いを展開しただけで、特に何かで苦しんでいたわけではなかったのです。そして生放送を終えて、私たちは吉田選手の応援に試合会場に出向きました。決勝の対戦相手は何と地元中国の新鋭許莉選手でした。

対戦前の私の予想では、力量においてもキャリアにおいても何処を比べても吉田圧倒的優勢と感じていましたが、問題は会場の99％が熱烈加油コールに包まれてしまうことです。それによって若い許莉選手が本来の力以上のものを発揮したら意外に許莉選手善戦ということもあり得るのかなという感じもしてきました。

3位決定戦が終わって、吉田選手と許莉選手がリングに上がった瞬間から館内は耳をつんざくばかりの許莉選手を応援する加油コールが湧き上がりました。新鋭の許莉選手も声援に後押しされるように吉田選手に良く食い下がって第1ピリオド終了。

館内の大音声の加油コールの中、第2ピリオドは開始早々から吉田選手の動きが鋭さを増してきました。元日本チャンピオンだったレスリングの師である父栄勝さんをしても沙保里のタックルだけは飛び込んでくるタイミングを察知することは誰にもできないと言わしめた、吉田選手の猛烈に素早いタックル。まるで、カメレオンが一発で獲物を舌に巻き込むような感じだと言われた吉田のタックルがついに許莉選手の右足を捉えました。本当に見事な片足タックルで、すぐさまバックに回り腕を取ってあっという間のフォール勝ちとなりました。

あまりの素早さに中国の応援団は呆気にとられ瞬間言葉を失い、館内で一体何が起きたのだという驚きが支配して、音が無くなりあれだけ熱狂の大音声につつまれていた体育館に何秒間かの静寂が訪れたのです。正直中国の人たちも吉田選手の強さに呆れ、舌を巻いて黙るしかなかったというようでした。これほどのアウェイの状況の中で自分の力をきっちり出し切った吉田選手に私自身頭が下がりました。そして涙が滲んでくるのを感じました。

表彰式では中国の人たちも圧倒的な強さの吉田選手に拍手を送っていました。銀メダルの許莉選手にも私は健闘を称えて一際大きな拍手を送りました。すると、1列前の中国の若者が振り返って、「中国の選手に大きな拍手を送ってくれて有難う」とにっこり微笑みながら声を掛けてくれたのです。些細なことでしたが一人の日本人と一人の中国人の間に僅かばかりの心の交流が生まれた感じがして嬉しかったです。</description>
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            <pubDate>Thu, 04 Sep 2008 15:40:24 +0900</pubDate>
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            <title>「北京オリンピックを振り返って2　鳥の巣スタジアム」</title>
            <description>北京オリンピックを象徴するものの代表は何といっても鳥の巣スタジアム（国家体育場）です。オリンピックが始まる前からその特徴のある佇まいは何かと注目されていました。私自身も構造的にどんな具合になっていて、機能的にはどのようなメリットがあるのかなど大変興味を覚えていましたので、入場するのが楽しみでなりませんでした。

フォルツォークとド・ムーロンというスイス人の高名な建築家が創ったということは聞いていましたが、建造物というものは例え形態的に美しくても得てして機能的には問題を抱えていることが多く、一見不思議な感じのこのスタジアムも果たして如何程のものだろうかと素人ながら少しばかり疑問を持ちながらスタジアムへ向いました。

私たちのホテルから何となく目と鼻の先にあるような感じでいたのですが、歩いてみると中々鳥の巣へ近づきません。スケールが大きい建物なので近くにあるように感じられますが、実は結構な距離があるのです。漸く辿り着くと、おそらく中国各地からやってきた人たちが親子連れ、カップル、そして仲間同志と、鳥の巣スタジアムを背景に笑顔で記念写真を何枚も何枚も撮り続けていました。ふと東京オリンピックが行われた44年前を思い起こして、私たち日本人もそうだったなと彼らの気持ちがとても良く判るような気がしたものです。

広いスタジアムをぐるり半周して報道関係者入口から中に入り、2階記者席に腰を下ろして場内を見渡すと、「何という素晴らしい競技場なんだ。これは凄い」。3階席まで超満員。9万1千人の観衆が見つめるトラック、フィールドの美しさ歓声の響き具合、何処を取っても一見したところでは欠点らしきものは何も感じられませんでした。今まで見たことのない豪華で格調のあるスタジアムに私は完全に魅了されてしまったのです。

さて陸上競技の初日トラックとフィールドで次々に予選が行われて行きます。
注目の男子100m第2予選では注目のウサイン・ボルト選手（ジャマイカ）が走りました、スタートの反応速度は8人中7番目でしたが、30m付近からの加速は圧倒的で、50m付近では先頭に立ち、80m辺りでスピードを緩め横を見ながらのゴールイン。タイムを見てびっくり、9秒92なのです。明らかに8分の力で走ってこのタイム。何というランナーなのでしょうか。100mは本格的に取り組んでから長い時間が立ったわけではないというから驚きです。この時点で決勝でのボルトの勝利は固いものに見えました。ライバルのパウエルもゲイも存在そのものが霞んで見えました。

また、400m障害予選の日本勢為末選手、成迫選手の走りも見ることができました。成迫選手には昨年ほどの切れがなく、為末選手も持っている力を全部ぶつけてレースに臨みましたが、両者とも予選を通過するだけの力は残っていませんでした。二人のレースは私たちの目の前からスタートしていくだけに、応援に力が入りましたが残念でした。

女子の7種競技、3000m障害、円盤投げ、10000mなどプログラム通り行われたこの日、何時までもこのスタジアムで楽しんでいたいなという気分でしたが、翌日の放送の打ち合わせもあったため思いを残して鳥の巣スタジアムを後にしました。

勿論このスタジアムもさまざまな問題を抱えています。蔦が絡まる文様になっている鳥の巣は鉄でできた競技場です。ということは錆び止めなどの補修だけで毎年何億円、否それ以上の費用がかかると言われています。これだけの立派なスタジアムをどんな催しにどれくらい有効に使い続けることができるか問題は山積しています。長い時間が経過したときに間違っても本当の鳥の巣にならないよう、素晴らしいスタジアムであり続けることを祈りたいと思います。</description>
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            <pubDate>Thu, 04 Sep 2008 14:52:37 +0900</pubDate>
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