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2012年8月 Archive
「注目のパ・リーグ」
- 2012年8月29日 14:12
プロ野球セントラル・リーグは巨人の独走状態でもう決まったという感じですが、パシフィック・リーグは混戦となり優勝争いが面白くなってきました。
序盤はロッテが良い形でリード、それに日本ハムが食い下がって抜いたり抜かれたりの争いでしたが、ここへきて序盤は絶不調だった西武ライオンズが怒涛の追い上げを見せ、遂にトップに立って日ハムに昨日(28日)2ゲーム差をつけてしまいました。更に3位に追い上げて来たソフトバンクも加わり、クライマックスシリーズを目指す戦いは予断を許さない状況になりつつあります。4位に落ちてはいますがロッテにもまだチャンスが無くなったわけではないので、9月に入ってからのぶつかり合いはどうなるか予測は正直難しいところですね。
ただ私の勘ではこのところチームの勢いが凄くなってきた西武がやや有利ではないかと思います。それは打撃の爆発力が出てきているということ、涌井投手がクロ―ザーとして安定感を増してきていることが主な理由です。
一方、日本ハムは栗山新監督が無理の無い選手起用をしてチームの一体感は一番強く感じられるところがありましたが、昨日の試合でチームリーダー田中賢介選手がランナ―と交錯して左腕を骨折し、今季の出場が絶望的になってしまったのが痛いですね。それとずっと緊張感を保って闘ってきたチームにやや疲れが見られるような気がします。まあ兎に角これからが正念場ですね。
「輝く金メダリストたち」
- 2012年8月10日 13:35
- スポーツ
女子レスリングで小原選手、伊調選手に続いて吉田沙保里選手が堂々と金メダルを取りました。
伊調選手、吉田選手はオリンピック3連覇ですから大変な偉業です。私は北京オリンピックのときに女子レスリングの取材を行いましたが、まずその練習量の多さに驚かされました。何回か休みを入れながらの練習ですがもう終わりかなと思っていると終わりません。「まだ練習を続けるんだ。凄いな」と何度も舌を巻かされました。はっきり言って男顔負けの練習量です。
加えて、必ず新潟で合宿を行うのですがこれがまた死にそうなほど辛い練習の連続だというのです。そのように練習の量を積み重ねて行くとともに次第に練習の質がレベルアップして行きます。その結果どの国の選手よりもはるかに多くの練習を重ねていくので、選手一人一人が自分の力量についての確信を持つことができます。
今回も3人の試合ぶりを見ていると、ピンチになっても慌てず自分のできることを思い通りにしっかり実行できていました。その結果が3個の金メダルになったのだと思います。それにしてもここまで5個の金メダルのうち4個は女性が獲得したもので、今の日本の国内状況そのままに女性が圧倒的に元気だということを証明する形になりましたね。
続いてなでしこジャパンのアメリカとの決勝戦を見ました。スコアは2対1でアメリカが勝ちましたが内容的には劣らぬ良い戦いだったと思います。何としても日本に勝つのだという思いの強さで僅かにアメリカに勝ち運が向いたという感じもしました。でも世界ランクナンバー1のアメリカをそこまで追い込んだのですから大したものだと言えます。総合的に見て女子に関してはアメリカと日本が他の国々よりも高いレベルにあったなと強く感じます。なでしこジャパンは本当に良く頑張ってくれました。
「地井武男さん、安らかに」
- 2012年8月 7日 13:46
- 日々の思い
昨日青山葬儀所で行われた「地井武男さんのお別れの会」に出席しました。
親交のあった芸能人の方々など800人ほどが参列しました。お別れの挨拶に立った全ての人たちが「地井さんがいかに心優しく、また分け隔てなく心通わせてお付き合いをしてくれたかを語りました。
「太陽にほえろ」で共演した渡辺徹さんは、「家が近かったので僕の部屋に地井さんはよく訪ねて来て、『何だ、女はいないのか』などと言いながら、ちゃんとお土産を持ってきてくれました。あの時頂いたイチゴの美味しかったこと忘れられません」とか、「地井さんの優しさを誰もが感じていて皆心の中で地井さんは自分のものだと思っていました」と思いを吐露しました。
「北の国から」で共演した岩城滉一さんは「富良野のロケ中にお風呂場でぎっくり腰を起して動けなくなったことがありました。ロケから帰ってきた地井さんは私の姿が見えないので、心配して捜しお風呂場で固まっていた私を見つけると、私の体を拭いて服を着せてくれて病院まで連れて行ってくれました。大恩人です」と語りました。
またテレビなどで共演することが多かった萬田久子さんは「『今日も綺麗だね。今日の髪型は素晴らしいね』などといつも私の気持ちを引き立たせてくれました。地井さんのその声が聞きたくて今も留守電にダイヤルしてしまうのです」と萬田さんらしい言葉で思いを表現していました。
私も何度もお仕事で御一緒しましたがいつもそこには笑顔の地井さんがいました。そして心優しく接してくださり会話の中で笑いが絶えませんでした。地井さんが2004年に再婚されたとき、一部週刊誌などで最初の奥様が癌で亡くなられたときにあれほど悲しんだ地井さんが再婚とは早すぎるといった記事が掲載されたことがありました。私は地井さんが奥様の看病などでどれほど力を尽くされたか知っていたので、「全身全霊で奥様に尽くした地井さん、その人が3年を経て新たな人生をスタートさせようと決心されたのですから祝福して差し上げたい」と『THEワイド』の中で言いました。
後日たまたま地井さんと顔を合わせたとき、地井さんは「ありがたい言葉でした」と頭を下げてくださいました。私は一人の人間としての思いを言っただけのことで、地井さんのその言葉に却って恐縮してしまった過去を懐かしく思い出しました。
「勝負師太田雄貴選手」
- 2012年8月 6日 16:37
- スポーツ
昨日夜は日本男子のフェンシングフルーレ団体戦に釘付けになりました。
準々決勝で中国と対戦。この試合は比較的順調に進んで日本がリードを奪い最後は太田雄貴選手が北京の銀メダリストらしい力を発揮して中国を破りました。続くドイツとの準決勝が大変な熱戦となりました。最後の9試合目に登場した太田選手が3ポイントリードの状況からスタートしたのですが、試合時間の残り1分53秒で同点に追いつかれ、残り9秒で2点をリードされてしまったのです。
「あぁ、もうだめかもしれない」と思いましたが、そこからドラマが待ち受けていました。残り6秒で1ポイントを返しますが、あと1秒と思った瞬間太田選手の剣が相手の胴着を捉えて同点に。延長戦で決着を図ることになりました。延長に入って双方が相手を捉えたとアピールしましたがなかなか決着つかず。遂に最後太田選手が相手を捉えたと思われたポイントについて長いビデオ判定の結果太田選手の突きが決まったと判定が下り、日本男子史上初の団体銀メダル以上が決まりました。
この難しい試合に勝ったのはやはり経験豊富でここ一番に最も頼りになる勝負師太田雄貴選手だったからこそだと感じました。追い込まれたこの試合の中で落ち着いてビデオ判定を要求するなど、相手選手の反即を見逃さず審判にきちんとアピールしていました。どんな苦しい状況でも冷静で緻密な状況判断ができて、ここという時に勝負に出る勝負勘の素晴らしさこれこそが一流の仕事師ですね。この後の決勝戦は流石に相手のイタリアが強く敗れましたが、生で見ていて本当に良かったと思えるこの日の試合でした。
「天晴れ! 日本水泳陣!」
- 2012年8月 6日 15:58
- スポーツ
今回のロンドンオリンピックは出だしメダル量産が期待された柔道が意外に振るわなかったせいで日本国内での受け止め方はもう一つ気勢が上がらない感じなのですが、それを補うかのような水泳陣の頑張りが光ります。
日本人が一番問題にする金メダルこそありませんが全部で11個のメダルを獲得できたのは正直予想を越えるものでした。これまで平泳ぎ、背泳ぎは世界レベルに到達はしていましたが今回は松田丈志選手があのフェルプス選手を上回って200mバタフライで銅メダルを取り、立石諒選手が200m平泳ぎ銅、入江陵介選手200m背泳ぎ銀、100m背泳ぎ銅、女子も鈴木聡美選手200m平泳ぎ銀、100m平泳ぎ銅、寺川綾選手100m背泳ぎ銅、星奈津美選手200mバタフライ銅、とそれに男子40m個人メドレーの萩野公介選手の銅メダルを加えると自由形を除く各種目で男女とも世界に伍していけるレベルにあるということがはっきりしました。これはいまだかつてなかったことで素晴らしい躍進だと思います。これらがあったからこそ最後のメドレーリレーで男女ともメダルが獲得できたのです。
今から36年前初めてオリンピックの中継に行ったとき(そのときはモントリオールオリンピックでしたが)、私が担当した日本水泳陣は実は決勝進出者ゼロという惨憺たる成績に終わったのでした。それを見て当時の水連会長故古橋広之進さんは「どうにもならない」と悲鳴に近い声を漏らしていたのを覚えております。そのどん底から這い上がって今日ここまでの水準に引き上げて来た関係者の努力に心から敬意を表したいと思います。世界水準で争う選手を創るのにはやはり10年20年単位の時間と努力が必要なのです。